間宮さんのニセ花嫁【完】
低いテノールの声がその場に響く。
「今飛鳥と付き合ってるのは俺だ」
間宮さんの言葉に私の腕を掴んでいた聡が一瞬怯んだように思えた。そして次の瞬間には聡の腕を払い退けて私の前に立ち塞がった。
「結婚の約束もしている。だから君の出る幕はないよ」
何処か、懐かしい匂いがする。目元からずっと溜め込んでいた何かがホロリと溢れた。
「は? 結婚って……冗談……」
「本気だよ。君の話は飛鳥から全て聞いているし、それを聞いた上で結婚を申し込んだ」
「……」
「俺は君なんかよりも飛鳥を幸せに出来る自信がある」
そう、私はただ幸せになりたかった。そのゴールが結婚だとずっと思い込んでいた。
でも今は違う。結婚は幸せのゴールなんかじゃない。それはただの通過点でしかなく……
「……おい、飛鳥。どういうことだよ」
「聡……」
「どういうことかって聞いてるんだよ!」
彼の言葉が信じられないのか、乱心する聡の姿に目が当てられない。
しかし目を逸らさず、逃げないように脚に力を入れると唇を震えさせながら彼を見やる。
「貴方とは、結婚出来ない。これから一緒にいることも出来ない……ごめんなさい」
「っ……お前、俺をないがしらにするのもいい加減に」
怒りに狂った聡が腕を振るい上げて襲いかかってきたのに思わず目を閉じる。
鈍い音が響いて瞼を開けると彼の拳が私の目の前にあり、その代わりに左頬を赤くしている間宮さんがいた。