間宮さんのニセ花嫁【完】
「大変、直ぐに冷やしましょう! 痕になっちゃう!」
「大丈夫だ、そんなことより悪いな出任せ言って」
「……どうして、わざと殴られたんですか?」
「え?」
私が目を瞑ってから間宮さんが殴られた音がするまである程度の時差があった。つまり彼の拳を避けることだって出来たはずだ。
彼は「本当に鋭いな」と諦めたように笑う。
「彼は怒りで周りが見えなくなっていただろう。こうして自分のせいで誰かが傷付くところを見れば頭が冷えると思ったんだ」
「っ、だからって」
「いいんだ、俺が怪我するくらいでことが収まるなら」
彼の困っている人を見捨てられない性格が好きだ。だけど今みたいに、誰かの為に自分を犠牲にする無鉄砲なところがずっと気に障っていた。
これ以上近付かないで、触れないで。そう言われているみたいで。
だけど私はそんな彼を見捨てるわけにはいかない。
「馬鹿!」
「っ……」
聡に怒鳴った時よりも大きな声が出た。駅へと向かう周りの人たちが一瞬こちらを見て脚を止め、そしてまた歩き出す。
初めて彼に対して怒ったからか、間宮さんは拍子抜けした顔をしていた。
「間宮さんが傷付くことで悲しむ人の気持ちはどうなるんですか」
「……」
「間宮さんが我慢すればいいなんて、そんな問題じゃない」
全部私のせいだ、何もかも気付くのが遅れた私のせい。聡が一度キレたら手が付けられなくなることを知っていた。短気で、自分の都合のいいように物事を解釈する人だと気付いていた。
だけど私はそれを見て見ぬ振りをしていた。きっと結婚したら何かが変わるって。そう信じ込んで。
嫌な部分を、見ないふりしていた。
「ごめん、なさい……」
彼の前で流した涙は、私たちが始まったあの夜以来だったと思う。