間宮さんのニセ花嫁【完】
部屋に戻るとしばらくして夕食が運ばれてくる。国産牛のステーキや新鮮なお刺身などの魚介料理など、普段桜さんの料理で舌が肥えていても豪華な品々に舌鼓を打った。
こんな美味しい料理がタダで食べられるなんて、新婚旅行も悪くないかもしれない。
それに、
「温泉も気持ちいい〜」
食後に休憩を挟むと旅館の大浴場へ向かい、体をゆっくりと湯船に沈ませ一日の疲れを流した。
たまには温泉もいいなぁと一息付いていると湯煙を掻き分けて近付いてくる女性が一人。母は嬉しそうに私の隣に座ると同じく極楽だと感嘆の声を漏らす。
「こうして飛鳥と一緒に湯に浸かるのっていつぶりかしら」
「来るなら初めから言っててくれたら良かったのに」
「ふふ、最初から言ってたら嫌がったでしょう」
分かっているなら何故、と言っても多分この人たちには通じないんだろう。だけど少しだけ親とも旅行できた気分になれて嬉しかったのは秘密だ。
「間宮くんと仲良しそうでよかった。この間会った時は大人な人だなと思っていたけれど、飛鳥といるとあんな顔もするのね」
「あんな顔って?」
「凄く楽しそうな顔。飛鳥と二人の旅行邪魔しちゃって申し訳なかったわ」
楽しそう……そんな顔してたっけ? 自分のことで精一杯だったからよく覚えていない。
今日は私も楽しかった。ああやって間宮さんと出掛けるのは久し振りだったし、何よりも間宮さんと話していると安心する。
彼は私が何の話をしてもいつも真面目に聞いてくれる。そして私の話で彼が笑うと何だか私も嬉しくなってしまうのだ。
「意外と可愛らしい人なのね」
彼女の言葉に私はどこか共感する部分がいくつかあった。会社での間宮さんのイメージはしっかり者で頼りになって、そして誰にでも優しい人。
今でもそれは変わらないけれど、たまに言う冗談とか、驚いた顔とか、吹き出すような笑い方とか。可愛い一面だって沢山ある。
今はそれを私だけが知っていられたらいいのに、なんて気持ちになっている。