間宮さんのニセ花嫁【完】
『え?』
『さっき柳下と仲良さそうにしているのを見たから』
『な、違いますよ! 柳下くんはそんなんじゃないです!』
『そうなのか?』
『そうですよ、柳下くんの人との距離が異常に近いだけなんです』
困ったものです、と唇を尖らせ不貞腐れた振りをする。しかしまだその話には続きがあったようだ。
『でももし好きな人ができたら、俺のことは気にしなくていいから』
その時見せた彼の微笑みは、何かを諦めているような目をしていた。
気にしなくていい、その言葉を私は何度も彼の口から聞いてきたけれど、今まで聞いたどの言葉よりも心の奥深くまで言葉の針が突き刺さる。
私と彼が交わした契約、その中にあった『好きな人が出来たら正直に言うこと』という項目を今更になって思い出す。
あれは私にもし好きな人がいたらその人のことを優先してほしいからその時点で関係をやめるというものだった。
率直に「嫌だ」という感想が頭に浮かぶ。
「(やだな……)」
今の関係がなくなるのも、他に好きな人がいると思われるのも、
私が間宮さん以外の人を好きだと思われているのも。
私はその時初めて嫌だと思った。
間宮さんが私のために点てたお茶は梅子さんのものよりもあっさりとした抹茶だった。
口の中に仄かに広がる苦味、それを味わいながらお椀を畳の上に置いた。
「何だか緊張するな」
口に残る苦味こそ、今の私の状況なのだろう。
間宮千景、この人のことを知れば知るほど私は自分の首を締めることになる。
それでも私は……
彼の曖昧な笑みの裏側にある一面を知りたいと思ってしまった。