間宮さんのニセ花嫁【完】
「(……いや、でも待って)」
こういう冗談を言わない人だからこそ、今の発言を全てなかったことにするのは良くないのでは?
『詳しくはまだ話せないがどうしても早急に婚約者が必要となった。佐々本がよければ協力してほしい」
『勿論、事実婚で処理をするから籍を入れる必要もない。もし俺が佐々本の力になれるようなことがあるならどんなことでも手を貸したいと思ってる』
普段から仕事仲間として接している間宮さんの口から出た言葉に嘘が含まれていると思ったことは一度もなかった。それは彼が誠実な人間ということを仕事を通じて何度も実感してきたからだ。
私は今一度彼の表情を見る。彼は私に微笑みかけているが、本当にこの微笑みを信じてもいいんだろうか。
ぎゅっと掌を膝の上で握った。もし間違いなら私も冗談だって誤魔化せばいい。
今一番嫌なのは、彼が何もなかったかのように今日のことを処理することだ。
「それは、嘘です」
「え?」
「冗談なんて、嘘です」
その瞬間、彼の表情から笑みが消えるの私は見逃さなかった。
「本当に大丈夫なんですか、間宮さん。もしかして何か大きなことを背負いこんでませんか?」
「……」
「間宮さんがわざわざこんなお店まで予約して、私に話したいことがあるって。なのに本当にそんな冗談で片付けていいんでしょうか」
仕事の面でも一人で全てを抱え込んでしまう間宮さんのことを見てきたから、今だって同じなんじゃないかと不安に思ってしまう。
自分が知らないところで間宮さんが苦しんでいる姿を見るのは嫌だ。今だって彼は私に助けてほしいと救いの手を求めていたかもしれないのに。