間宮さんのニセ花嫁【完】



返してもらった? どうして? 顔を上げると彼は簪を見つめながらゆっくりと口を開いた。


「飛鳥の言う通り、俺はあの人のことが好きだった。あの人の名前と同じ色の簪をあげて、それだけで嬉しくて舞い上がっていたみたいに」

「……」

「でも、違うんだ……これを飛鳥に渡したのはあの人のことを忘れたいだとか、そういう気持ちからじゃなく」


彼の口から発せられる言葉を一言一句聴き逃さないようにと顔を凝視する。
間宮さんは簪を見つめ、ふっと懐かしそうに目を細める。


「元々俺がこれを持っていたのはあの人、田村先生が直接返しにきたからだよ」

「っ、会ってたんですね」

「あの人が街を出ていく前日にな」


間宮さんが停学中の夜、部屋の外から名前を呼ばれる声がして外に出てみると庭先の竹垣越しに楓さんの姿が見えたと言う。
楓さんはその日の内に街を出ていくのか、大きな荷物を持って最後に間宮さんに会いに来ていた。


「俺は言ったんだ、『このまま一緒に逃げよう』って。この家のことも全部捨てて、アンタと幸せになるって」

「っ……」

「だけど彼女はそれを許してくれなかった。あの人は、どこまでも教師だった」


自分の考えの浅はかさ、そして彼女から伝えられた決断に間宮さんは酷くショックを受けた。
楓さんはどんな気持ちで彼の提案を断ったんだろうか。二人の気持ちを考えて当事者ではないのに胸が苦しくなる。

楓さんが下した決断は好きな人と一緒になることよりも、当時17歳だった間宮さんの将来を思っての大人の判断だった。

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