間宮さんのニセ花嫁【完】
「初めは会社の後輩の相談に乗ってるってだけだったんです。でもそれからよく約束を飲み会だとかで断れることが増えて」
「……」
「気になって、彼が飲み会だって言った日に会社の前で待ち伏せして、その後を追ったんです」
聡は私に気が付かないままとある喫茶店に入っていった。窓越しに見えた彼の待ち合わせ相手を見て愕然とした。
私よりも若くて初々しい彼女は聡のことを見つけると嬉しそうに立ち上がって、そのままお互いに腕を絡ませて店を後にする。
「そのあとは怖くて追えなくて、後日彼に言ったんです。『浮気してるでしょ』って」
「……それで?」
「正直に認めました。だけど向こうは遊びで仕事の相談の延長だって」
彼は浮気のことをそこまで悪く感じていないのか、あっけらかんな様子に私が開いた口が塞がらなくなった。
少し魔が差しただけ。先輩後輩の関係の延長上で、少しだけ気持ちの箍が外れてしまっただけ。
「最後には『キスしたところ見たのか?』『ホテルに入っていったのは見たのか?』とまで問い詰められてしまって」
「……」
「彼のことを信じたい気持ちもあったんですけど、どうにも受け入れられなくて。気が付いたら別れ話を切り出してました」
あんなに結婚を望んでいた相手に一度失望しただけでこんなにも気持ちが変わるんだ。
私にとってはショックなことなのに聡は真面目に受け取ってくれず、ずっと軽い調子で話していた。
きっとこの価値観の違いは、結婚の時に大きな問題になる。
「まっ、もう浮気のことはいいんですけど。むしろ結婚した後に浮気されるよりマシでした」
「……佐々本」
「最初は凄く凹んだし弥生とかにも迷惑を掛けてしまったんですけど、今は前向きに考えてます」
ポジティブシンキングですよ!と腕を勢いよく振り上げる。そう自分に言い聞かせていれば、どんなことも乗り越えられるというおまじないだ。
自分に嘘をついてでも、悲しい顔ばっかりは嫌だから。
「無理して前を向かなくていいんだよ」
「っ……」
柔らかい間宮さんの声に振り上げていた手をゆっくりと下ろした。
「無理しなくていい。佐々本が前を向きたいときに向けばいいんだ。それまではゆっくりと気持ちを整理すればいい」
「……」
「もしそれで悲しい思いをしても佐々本の居場所はちゃんとあるから。味方もいる。だから安心しろ」
あ、私……
「(無理、してたのか……)」