間宮さんのニセ花嫁【完】
私はテーブルの上の筆立てからボールペンを手に取るとその契約者の署名欄に自分の名前を書き込んだ。
「大丈夫です、女に二言はありません」
きっと籍を入れない分、これが婚姻届の代わりになる。
「今、私に出来ることを全力でやります。頑張りましょう!」
「……俺は、少し佐々本のことを見くびっていたのかもしれないな」
「え!?」
どういうことですか!?と突っ込むと彼は言葉を選んだ後に、
「前から少し、お人好しではあるなと思っていたんだが」
「……」
「俺が思っている以上に、可笑しなくらいお人好しだな」
そ、れは……決して褒められていないのでは……
間宮さんはコーヒー一杯を飲み切ると「そろそろ失礼するよ」と腰を上げた。
「すみません、家まで送ってもらった挙句長いこと引き止めてしまって」
「とにかく何もなくて良かった。また何かあったらいつでも相談してくれ」
「はい、ありがとうございます」
もしかしたらまた聡のことで彼を頼ってしまうことがあるかもしれない。だけどそのことに遠慮する必要はないんだ。
何故なら私たちは偽装結婚という契約に結ばれた対等な関係なのだから。
玄関先で彼の背中を見送りながら部屋の中で言われた言葉を反復した。
『もしそれで悲しい思いをしても佐々本の居場所はちゃんとあるから。味方もいる。だから安心しろ』
あ、れは……
「(上司として言ったんだよね。婚約者の振りだからじゃないよね)」
いつも上司として彼を見てきたから、間宮さんが好きな女性にどんな態度を見せるのか気になってしまう。
今まで以上に優しい言葉を掛けられて、だけど駄目なところはちゃんと口で伝えてくれる。
どうしてそんな人に今まで恋人がいなかったんだろう。
「(ニセ婚約者、か……)」
半年後、少しでも彼のことが今よりも多く知れていたらいいな。