間宮さんのニセ花嫁【完】
やはり昼の海よりかは賑わっていないとはいえ、観光地ということもあってこの時間でも人は多かった。
生暖かい潮風が首元を攫う。真っ暗な海の向こうを眺めていると昔のことを懐かしく思い出す。
「私、ここに住んでた時辛いことがあったら一人で海に来てたんです」
黙って私の話を聞いたくれている間宮さんの横顔を盗み見ると、「何だかデートみたいだな」と横の髪を耳にかけた。
「今日は本当にありがとうございました。二人とも喜んでました」
「ならよかった。正直恋人の家族に挨拶するなんて経験したことがなくてな」
「そうだったんですね」
というか、それであの演技が出来たのであれば立派なものなのではないだろうか。この歳からでも俳優デビューとかしたら人気出そうだな、この人。
もう夏も終わりですね、と静かに呟く。それに対する返事はなかった。
お盆が明けてから今日まで、目紛しい日々が続いた。だけど今あるのは謎の充実感だった。
あの時、間宮さんが困っていたのも、私が彼氏と別れたのも、全てのタイミングが合わさって今がある。その偶然に暫くは酔い浸っていたい気分だ。
「間宮さんってどうして今まで恋人がいなかったんですか?」
ずっと疑問に思ってたことをこの際だからぶつけてみようか。
若者たちの騒ぎ声の隙間を縫って伝えた言葉は少しだけ時間が掛かって彼に届いたようだ。