間宮さんのニセ花嫁【完】
「そんなに不思議か?」
「不思議というか、間宮さんモテるので」
誰々が間宮さんに告白したという噂はよく会社の中で出回る噂だ。だけど彼が誰かと付き合ったという噂が流れたことは一度もなかった。
「言うほどだよ。それに俺は仕事を優先してしまうから、きっと彼女には寂しい思いをしてしまうだろうし」
「……そうですか」
こんな時まで人のことを思って、ずっと一人でいたんだろうか。この人が歩んできた人生をもっと知りたいと思ってしまうが、だけどそこまで踏み込む権利はまだ私にはない。
彼が秘めている底知れない"何か"に触れてしまいそうで……
「それに……」
その瞬間、彼が何かを言ったけれど急に吹き荒れた潮風に髪の毛が乱されると同時にその言葉も掻き消されてしまった。
髪の毛の隙間から覗いた間宮さんは笑っていたけど、何処か悲しそうな顔をしているように見えた。
「帰ろうか」
彼がポツリと呟くと停めている車の方へ向かう。その背中は今まで見てきた間宮さんのものじゃないように感じた。
間宮さんの口から放たれた言葉はハッキリとは聞こえなかったけれど、私の間違いがなければ、
『もう人を傷付けたくない』
彼は昔、私の知らない"誰か"を傷付けたことがあるんだろうか。
振り返ってもその答えを知っている筈はなく、凪いだ海がひたすらに広がっているだけだった。
一瞬だけ見えた彼の一面に飲み込まれそうになる暗い夜だった。