お忍び王子とカリソメ歌姫
「お邪魔するよ」
この場には居る者とはまったく違う声。でもサシャにとっては一番大切なひとの声だった。
「シャ、」
咄嗟に呼びそうになって、口をつぐんだ。しかし一秒も経たずに言いなおす。
「ロイヒテン様! どうしてこちらへ」
驚いたのはサシャだけではなかった。キアラ姫も目を丸くする。
「お兄様ではありませんの! どうされましたの?」
「サーシャを迎えに来たんだよ」
ロイヒテン様は、きっちりと『ロイヒテン様』の格好をしていた。
今日は深い青色の服。かっちりと詰襟のものだ。そして『ロイヒテン様』の常であるように髪を持ち上げて固めていた。
「ロイヒテン様!」
「お目にかかれるなんて光栄ですわ」
お客様の少女たちも一気に騒ぎはじめた。そんな彼女たちにロイヒテン様はにこにこして、「いつもキアラがお世話になっているね」とカジュアルに挨拶をする。
「酷いわ、お兄様。内緒でいらっしゃるなんて」
キアラ姫がぷぅっと膨れる。ペースを乱されるのは苦手なのだろう。
「ははは、驚かせたくてね」
しかしロイヒテン様は軽くいなして、キアラ姫の頭を優しく撫でた。
「……わたくしも驚きましたわ」
サシャはなんとか言った。実のところ、驚きのあまりに心臓が口から出そうになったのだ。
「ほら、サーシャ様だってこうおっしゃっておられるのに」
「悪かったよ」
やりとりをして、もう退場かと思ったのだが、そこでキアラ姫が違う爆弾を落としてきた。
「サーシャ様、今日はありが、……いえ、お義姉(ねえ)様。ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀までされる。
えええ!?
サシャは内心、絶叫していた。この場でそんなはしたない声を上げるわけにはいかないので、なんとか飲み込んだが。
「え、あの、キアラ、様。なにを」
「ああ、そうだな。いつかそうなるだろう」
しどろもどろでなんとか言ったのに、ロイヒテン様ときたら、しれっとそんなことを言うのでサシャは心臓が高鳴るがあまり失神しそうになった。
「え、ええと、そのようなことは、まだ」
それでもキアラ姫は許してくれない。
「あら、だってお兄様に抱かれてくちづけされていたじゃない。クリスマスパーティー。私、拝見したのよ」
くらり。
サシャの意識が揺れた。
まさか見られたなんて。
あの一瞬。ほんとうに、まさか、だ。
「あれは、ご婚約者様だからされたのではなくて?」
少女とはいえども立派な女性。見る目は確かなようだ。今度はロイヒテン様に尋ねている。
きゃぁ。
くちづけですって。
耳にした少女たちが一斉におしゃべりをはじめる。頬を紅潮させて楽しそうに。こういう話になれば盛り上がってしまうのは、年頃の少女として当然。
しかし今のサシャにそれを気にする余裕などなかった。なにも言えずにいるサシャをよそに、ロイヒテン様とキアラ姫は楽しそうに話を続けている。
「勿論だよ。俺はそんな軽い気持ちでサーシャに接したりしないからな」
「まぁ、お兄様ったら自信満々でいらっしゃる」
兄妹はくすくすと笑い合った。サシャは混乱のしきりだったが、ロイヒテン様に手を差し出されてしまった。
「さ、サーシャ。俺たちはあちらでお茶でも飲もうじゃないか」
「そうね。サーシャ様、あ、いえ。お義姉(ねえ)様。今日はほんとうにありがとう。とても楽しかったわ」
あれやこれやと。
落ち着かないままにサシャはロイヒテン様に手を引かれて、少女たちの集う部屋をおいとますることになったのだった。
この場には居る者とはまったく違う声。でもサシャにとっては一番大切なひとの声だった。
「シャ、」
咄嗟に呼びそうになって、口をつぐんだ。しかし一秒も経たずに言いなおす。
「ロイヒテン様! どうしてこちらへ」
驚いたのはサシャだけではなかった。キアラ姫も目を丸くする。
「お兄様ではありませんの! どうされましたの?」
「サーシャを迎えに来たんだよ」
ロイヒテン様は、きっちりと『ロイヒテン様』の格好をしていた。
今日は深い青色の服。かっちりと詰襟のものだ。そして『ロイヒテン様』の常であるように髪を持ち上げて固めていた。
「ロイヒテン様!」
「お目にかかれるなんて光栄ですわ」
お客様の少女たちも一気に騒ぎはじめた。そんな彼女たちにロイヒテン様はにこにこして、「いつもキアラがお世話になっているね」とカジュアルに挨拶をする。
「酷いわ、お兄様。内緒でいらっしゃるなんて」
キアラ姫がぷぅっと膨れる。ペースを乱されるのは苦手なのだろう。
「ははは、驚かせたくてね」
しかしロイヒテン様は軽くいなして、キアラ姫の頭を優しく撫でた。
「……わたくしも驚きましたわ」
サシャはなんとか言った。実のところ、驚きのあまりに心臓が口から出そうになったのだ。
「ほら、サーシャ様だってこうおっしゃっておられるのに」
「悪かったよ」
やりとりをして、もう退場かと思ったのだが、そこでキアラ姫が違う爆弾を落としてきた。
「サーシャ様、今日はありが、……いえ、お義姉(ねえ)様。ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀までされる。
えええ!?
サシャは内心、絶叫していた。この場でそんなはしたない声を上げるわけにはいかないので、なんとか飲み込んだが。
「え、あの、キアラ、様。なにを」
「ああ、そうだな。いつかそうなるだろう」
しどろもどろでなんとか言ったのに、ロイヒテン様ときたら、しれっとそんなことを言うのでサシャは心臓が高鳴るがあまり失神しそうになった。
「え、ええと、そのようなことは、まだ」
それでもキアラ姫は許してくれない。
「あら、だってお兄様に抱かれてくちづけされていたじゃない。クリスマスパーティー。私、拝見したのよ」
くらり。
サシャの意識が揺れた。
まさか見られたなんて。
あの一瞬。ほんとうに、まさか、だ。
「あれは、ご婚約者様だからされたのではなくて?」
少女とはいえども立派な女性。見る目は確かなようだ。今度はロイヒテン様に尋ねている。
きゃぁ。
くちづけですって。
耳にした少女たちが一斉におしゃべりをはじめる。頬を紅潮させて楽しそうに。こういう話になれば盛り上がってしまうのは、年頃の少女として当然。
しかし今のサシャにそれを気にする余裕などなかった。なにも言えずにいるサシャをよそに、ロイヒテン様とキアラ姫は楽しそうに話を続けている。
「勿論だよ。俺はそんな軽い気持ちでサーシャに接したりしないからな」
「まぁ、お兄様ったら自信満々でいらっしゃる」
兄妹はくすくすと笑い合った。サシャは混乱のしきりだったが、ロイヒテン様に手を差し出されてしまった。
「さ、サーシャ。俺たちはあちらでお茶でも飲もうじゃないか」
「そうね。サーシャ様、あ、いえ。お義姉(ねえ)様。今日はほんとうにありがとう。とても楽しかったわ」
あれやこれやと。
落ち着かないままにサシャはロイヒテン様に手を引かれて、少女たちの集う部屋をおいとますることになったのだった。