お忍び王子とカリソメ歌姫
消えた『シャイ』
異変が起こったのは、二月も終わりそうなあたたかくなってきた日のことだった。
「こんにちはー」
その日サシャはヴァルファーのおつかいでカフェ・シュワルツェへ赴いた。例によって店で使う茶葉が切れそうになったためである。
大概出勤しているシャイがいると思ったので、サシャはうきうきとドアを開けた。いつもどおり、真鍮のベルが、からんからん、と鳴ってサシャを迎えてくる。
でもそのあとは違っていた。今日かかった声は「いらっしゃいませ」だったのだから。
あれ、いつもならドアを開けるなりシャイがすぐに気付いて、「サシャ! いらっしゃい!」と言ってくれるのに。
「いらっしゃいませ」を言ってくれたのは、顔見知りのウェイターだ。シャイの同僚の男性。
「おつかいにきたんです」
「ああ。茶葉だね」
言ったものの、シャイを呼ぶでもなく茶葉の並んでいる棚へ誘導されようとしたのでサシャは不思議に思った。
「あの。シャイは今日、お休みですか?」
交際をはじめてからすぐ、シャイはカフェスタッフに「サシャちゃんと恋人同士になったんだー」と報告していたそうだ。まったく惚気が激しくて困るもんだよ、なんてウェイターの同僚のひとたちやマスターにからかわれてサシャは恥ずかしい思いをしたものだ。
しかし、今日はなんだか扱いが違う。
「……えっ」
シャイより少し年上の同僚ウェイターは驚いたようにサシャを見た。
「シャイなら先週、店を辞めたよ?」
「……えっ?」
今度驚くのはサシャだった。
なにを言われたのかわからなかった。意識が空白になる。
「知らなかったの?」
言われてやっと、はっとした。それほどまでに意外過ぎる言葉だった。
やっと頭に彼の言葉の意味が染み込んで、じわりと嫌な感覚が胸の中へ広がった。
サシャは頷く。それしかできなかったのだ。
「……そう……」
彼は不審そうにサシャを見てくる。
シャイはあれだけデレデレとサシャとのことを話していたのだ。そのサシャが、一週間以上、シャイがカフェを辞めたことを知らないなどおかしい。そんな目をしていた。
そういう眼で見られても困ってしまう。だって、それを一番おかしいと思うべきで、実際今その状況になっているのはサシャだったのだから。
「こんにちはー」
その日サシャはヴァルファーのおつかいでカフェ・シュワルツェへ赴いた。例によって店で使う茶葉が切れそうになったためである。
大概出勤しているシャイがいると思ったので、サシャはうきうきとドアを開けた。いつもどおり、真鍮のベルが、からんからん、と鳴ってサシャを迎えてくる。
でもそのあとは違っていた。今日かかった声は「いらっしゃいませ」だったのだから。
あれ、いつもならドアを開けるなりシャイがすぐに気付いて、「サシャ! いらっしゃい!」と言ってくれるのに。
「いらっしゃいませ」を言ってくれたのは、顔見知りのウェイターだ。シャイの同僚の男性。
「おつかいにきたんです」
「ああ。茶葉だね」
言ったものの、シャイを呼ぶでもなく茶葉の並んでいる棚へ誘導されようとしたのでサシャは不思議に思った。
「あの。シャイは今日、お休みですか?」
交際をはじめてからすぐ、シャイはカフェスタッフに「サシャちゃんと恋人同士になったんだー」と報告していたそうだ。まったく惚気が激しくて困るもんだよ、なんてウェイターの同僚のひとたちやマスターにからかわれてサシャは恥ずかしい思いをしたものだ。
しかし、今日はなんだか扱いが違う。
「……えっ」
シャイより少し年上の同僚ウェイターは驚いたようにサシャを見た。
「シャイなら先週、店を辞めたよ?」
「……えっ?」
今度驚くのはサシャだった。
なにを言われたのかわからなかった。意識が空白になる。
「知らなかったの?」
言われてやっと、はっとした。それほどまでに意外過ぎる言葉だった。
やっと頭に彼の言葉の意味が染み込んで、じわりと嫌な感覚が胸の中へ広がった。
サシャは頷く。それしかできなかったのだ。
「……そう……」
彼は不審そうにサシャを見てくる。
シャイはあれだけデレデレとサシャとのことを話していたのだ。そのサシャが、一週間以上、シャイがカフェを辞めたことを知らないなどおかしい。そんな目をしていた。
そういう眼で見られても困ってしまう。だって、それを一番おかしいと思うべきで、実際今その状況になっているのはサシャだったのだから。