お忍び王子とカリソメ歌姫
そしてそれはどこでも裏付けられていった。
入ったことはなかったが、一応シャイの暮らす家の場所や部屋は知っていた。小さなアパートである。外階段がついていて、白い建物。そこそこ、綺麗。
なので翌日、そこまで行ってみた。建物は確かにあった。
けれどシャイの住んでいた、二階の一番はしっこの部屋の前には『入居者募集中』の紙が貼ってあった。
それを見たときは息が止まりそうになったものだ。
もう、ここに住んですらいない?
このアパートにではなく、この街に。
数分その場から動けなかったくらいだ。
震える足であとずさり、転げ落ちないようにしっかり手すりを掴んで階段をおりた。
カフェ・シュワルツェにもう一度訪ねて、今度はマスターにシャイのことを聞いても同じだった。
「はっきり理由は言わなかったんだよ。ただ、『きちんと働かないと思った』なんて言ってたよ」
マスターも困惑した様子で言ったものだ。
「別にウチだってしっかりした店だし、シャイだってちゃんと働いてたのに、それ以上なにか……ってのはおかしいと思ったんだけどね」
シャイのその『理由』は当然のように、サシャに王家のことを連想させた。
まさか、国に帰ってしまったのだろうか。国でなにかしらの職務に就くために。
サシャのその発想は、まぁ順当だっただろう。この街から消えたシャイは、国に帰ったという可能性は非常に高かった。
そこまで想像して、まずサシャは、それなら王室宛てに手紙でも書けばいいのかと思った。シャイ宛てか、もしくはほかのひと宛てにでも。
でもそこで思い知った。
渡す相手、持っていってくれるひとがいない。今まで手紙のやりとりをしたことはあるけれど、そのどれもが、おつきの一行経由だったのである。今はそんな、自分とミルヒシュトラーセ王室を繋ぐ存在はない。
一応、郵便を出すことはできるだろう。調べればミルヒシュトラーセ城の住所、というか手紙の宛先くらいはわかるはず。
けれどそれが無事届いたり受理されたりするかというと、大いに疑問だった。こんな不審なもの、と破棄されてしまう可能性もある。それにそれでは時間がかかりすぎる。
では、直接訪ねていけばいいのか。もう二度もお邪魔しているし、門番の方だって衛兵さんだって、私のことを見知っているはず。門前払いはされないわ。
思ったものの、そこまで辿り着くまでが問題であることに思い至ってサシャは途方に暮れた。
ミルヒシュトラーセ王国に行くまでは、まず隣町まで馬車に乗って行き、そこから更に港行きの馬車に乗り、そしてそこから船だ。船だって数十分で着くわけではない。おまけに船旅など安いものではない。
つまり……サシャの身分や稼ぎでは、ミルヒシュトラーセ王国まで行くための交通費がかかりすぎるのである。
計算してみたけれど、丸々一ヵ月近くの生活費が飛んでしまうことになってサシャは途方に暮れた。お城に入れてもらえるかわかりもしないのに、これほどのお金、ぽんと出せない。
どうしよう、それでも愛するひとを探しに行くべきなのか。
そこで、ずっと抱いていた不安が迫ってくる。
シャイは自分になにも告げずにいなくなった。
それはまさか。
……考えたくなかった。
ただ確かなのは。
シャイはサシャになにも告げずに、サシャの前から綺麗に消えてしまったということだった。
入ったことはなかったが、一応シャイの暮らす家の場所や部屋は知っていた。小さなアパートである。外階段がついていて、白い建物。そこそこ、綺麗。
なので翌日、そこまで行ってみた。建物は確かにあった。
けれどシャイの住んでいた、二階の一番はしっこの部屋の前には『入居者募集中』の紙が貼ってあった。
それを見たときは息が止まりそうになったものだ。
もう、ここに住んですらいない?
このアパートにではなく、この街に。
数分その場から動けなかったくらいだ。
震える足であとずさり、転げ落ちないようにしっかり手すりを掴んで階段をおりた。
カフェ・シュワルツェにもう一度訪ねて、今度はマスターにシャイのことを聞いても同じだった。
「はっきり理由は言わなかったんだよ。ただ、『きちんと働かないと思った』なんて言ってたよ」
マスターも困惑した様子で言ったものだ。
「別にウチだってしっかりした店だし、シャイだってちゃんと働いてたのに、それ以上なにか……ってのはおかしいと思ったんだけどね」
シャイのその『理由』は当然のように、サシャに王家のことを連想させた。
まさか、国に帰ってしまったのだろうか。国でなにかしらの職務に就くために。
サシャのその発想は、まぁ順当だっただろう。この街から消えたシャイは、国に帰ったという可能性は非常に高かった。
そこまで想像して、まずサシャは、それなら王室宛てに手紙でも書けばいいのかと思った。シャイ宛てか、もしくはほかのひと宛てにでも。
でもそこで思い知った。
渡す相手、持っていってくれるひとがいない。今まで手紙のやりとりをしたことはあるけれど、そのどれもが、おつきの一行経由だったのである。今はそんな、自分とミルヒシュトラーセ王室を繋ぐ存在はない。
一応、郵便を出すことはできるだろう。調べればミルヒシュトラーセ城の住所、というか手紙の宛先くらいはわかるはず。
けれどそれが無事届いたり受理されたりするかというと、大いに疑問だった。こんな不審なもの、と破棄されてしまう可能性もある。それにそれでは時間がかかりすぎる。
では、直接訪ねていけばいいのか。もう二度もお邪魔しているし、門番の方だって衛兵さんだって、私のことを見知っているはず。門前払いはされないわ。
思ったものの、そこまで辿り着くまでが問題であることに思い至ってサシャは途方に暮れた。
ミルヒシュトラーセ王国に行くまでは、まず隣町まで馬車に乗って行き、そこから更に港行きの馬車に乗り、そしてそこから船だ。船だって数十分で着くわけではない。おまけに船旅など安いものではない。
つまり……サシャの身分や稼ぎでは、ミルヒシュトラーセ王国まで行くための交通費がかかりすぎるのである。
計算してみたけれど、丸々一ヵ月近くの生活費が飛んでしまうことになってサシャは途方に暮れた。お城に入れてもらえるかわかりもしないのに、これほどのお金、ぽんと出せない。
どうしよう、それでも愛するひとを探しに行くべきなのか。
そこで、ずっと抱いていた不安が迫ってくる。
シャイは自分になにも告げずにいなくなった。
それはまさか。
……考えたくなかった。
ただ確かなのは。
シャイはサシャになにも告げずに、サシャの前から綺麗に消えてしまったということだった。