腹黒王子の初恋
「あ!梢先輩ここです!……辻先輩もいらしゃいますね。」
「あ~、俺も一緒によろしく。」
「申し訳ありません。少し遅れました。」
「ふふ、固いなあ。大丈夫ですよ。」

 会社前お店ということで社員さん達ばかりだ。ほぼ満席。お財布に優しい金額でおいしくて近いのでうちの社員達に人気のお店。私も気になってはいた。

「おー泰晴じゃねーか。今日はここで昼めしか?文月もいるな。おつかれ」
「辻くんと文月くんじゃーん。いっしょにランチ?」
「あれ?鉄お…梢さんも一緒だね。めずらしぃ」

 ほらほら話しかけられる…。だからこの店来れないんだよね。下をずっと向く。こうなることはわかってたけど、一人でゆうきゅんと食事とか無理!急いで泰晴を捕まえてきた。

「たまにはこういう店もいいよな。な、優芽。パスタ好きじゃん。」

 おい!私に触れるな。また名前呼び!横に座る泰晴の足を蹴った。いてっという小さな声が聞こえた。

「何食べますか?」

 ゆうきゅんがメニューを渡してきた。

「ここ安くておいしいですよ。ね、辻先輩。」
「そうそう、優芽、これとかどう?クリームパスタ好きじゃん。」

 泰晴がエビとほうれん草のクリームパスタを指さす。確かに。おいしそう。泰晴は私の好みをよくわかってる…。軽くにらみながら答えた。

「…これにする…」

 ホント名前呼びするなっていうのにまったく聞かない。

「梢先輩はクリーム系が好きなんですね。僕もそれにしてみます。おいしそう。」
「俺はこれにしよ。すみませーん。」

「先輩、パスタ好きなんですね。また一緒にここに来ましょう。会社から近くていいですよね。」

 泰晴が注文をする間にゆうきゅんが笑顔で話しかけてくれる。うっ。かわいい。一瞬顔を見てすぐメニューに視線をそらした。

「そうですね。」

適当に返事を返す。 やった!と嬉しそうなゆうきゅんの声が聞こえる。

 それにしても小説どうしよう。どう切り出そう。ああ、気が気じゃない。パスタ食べてる場合じゃない。どうしてよりによってあんなハレンチなもの落とすかな~。

「あー、文月、例の二階堂書店のデータ入力終わった?」
「まだです。あと1時間もあれば終わると思います。」
「あそこの担当者のデータ読みにくいから気をつけて…」

2人が仕事の話をし始めたのを横で聞きながら悶々と考え込む。

そんなうちに料理が運ばれて来た。

 鮮やかなエビのオレンジ色とほうれん草の緑色が食欲を誘う。いただきますと小さな声で言って口に入れた。

「…おいしぃ…」

 クリームのまろやかさとエビの風味が口に広がって思わず笑顔になる。

「あ、梢先輩笑顔!このパスタおいしいですね!」

 ゆうきゅんの言葉にはっとする。しまった。二人で仕事の話してたから私一人の時間になってた。

「おい、顔に出てるぞ…食べ物には勝てないな。食いしん坊め。」
「うるさいっ…」

 泰晴が肩をつつくから私は足を蹴って小声で抗議した。

「ふふ。ホント二人仲良しですね。梢先輩のそんな様子は辻先輩といるときだけですね。」
「…っ!」

 やっぱりバレてるよね。この前見られてるし。今日も泰晴とおいしいパスタのせいで気が緩んでしまった…。

「なんでか俺との関係を頑なに隠そうとすんだよな。同期なんだし。仲良しなの当たり前だろ。」
「泰晴のそういうところが嫌!自分のことわかってない!」
「……」

 思わず大声をあげた私を見てゆうきゅんが目を丸くした。

「うわぁ。梢先輩そんなに表情かわるんですね…」

 ゆうきゅんの言葉に無表情に戻し下を向いた。ぷっと笑う声が聞こえる。

「先輩おもしろい。」
「コイツ極度の人見知りで人と話すのが苦手なんだ。お前もあまり話しかけるのやめといてあげてな。」
「あ~、人見知り…」

 ゆうきゅんが私を見て満面の笑顔で言う。
「よかった!僕嫌われてるかと思っていたんですよ。」

 うっ。その笑顔やばい…

「嫌いだなんて!むしろ…っ!」
 私は顔を赤くして否定した。焦って言いそうになった後に続く言葉を飲み込んだ。

「むしろ?」
「何でもないです。私のせいで不快に思わせてしまってすみません。」
「せいって…梢先輩に嫌われてなくて本当にうれしいです。僕もこれから仲良くしてください。」
「え?」
「…文月…」

 泰晴が私を不安そうに見ている。

「いっ、いや…大丈夫です。仲良くとか無理です。お世辞でもありがとうございます。」
「えっ、普通断りますか?ふふっ、やっぱり梢先輩おもしろいですね。」
「そいやあ、文月。お前今彼女いるの?」
「え?彼女?」

 泰晴がいきなり話題を変えた。ちょっと無理やりすぎるけど泰晴グッジョブだ!

「いませんけど…」
「人事のTさん知ってるだろ?文月誘って飲み会したいんだってさ。」
「飲み会ですか?女の子来るやつですか?」
「まあ、そうだな。どう?」

 Tさんと言えば人事で一番人気のゆるふわ女子だ。
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