腹黒王子の初恋
 昔のことを思い出しため息が出た。あの研修の夜から俺たちは仲良くなったんだよな。優芽を好きだと気づくのにそれほど時間がかからなかった。

 優芽は一度心を許すともう、それはすごい。表情はコロコロ変わるし、話し方もかわいい。特に普段の無表情と比べると笑顔なんて破壊力がヤバい。距離感も近いし、さりげないボディタッチも。とにかく俺にしか見せてくれない素顔っていうのがぐっとくる。かわいすぎるんだ。

 最初のころは優芽も俺で妄想とかしてたのに。友達となって親しくなったら全くしなくなった。あの時、友達ポジションになっていなかったら結果は変わっていたんだろうか。

 違うな。どうせ後から文月に奪われるんだ。優芽の一番の男友達というポジションに胡坐をかいていたのが悪かった。いつかは俺のことを好きになると高をくくっていた。そんな俺が悪い。

 はー。まだまだ忘れられないヘタレすぎる俺...

「俺、最近、辻先輩の気持ちがすごくよくわかります。」
「は?」

 文月が急に俺に話しかけた。

「えー?聞いてなかったんですか?」
「ごめん、ごめん。あれ?優芽は?」

 目の前にいた優芽の姿がなくなっていた。

「優芽、トイレだけど。知らなかったの?やっぱり傷心の泰晴さんはぼーっとしてますね。ぎゃはは!」

 くそぅ。全く遠慮のない莉子を睨んだ。

「で、文月、何の話?」
「先輩、優芽ちゃんのことをみんなの前でわざと仲良いアピールしてけん制してただじゃないですか。好きなのもろバレでしたよ。そんなことせずに早く告ればいいのにってバカにしてたんですけど。」
「…お前...言うなあ」

 文月にはっきり言われて苦笑する。

「でも、最近よくわかります。」

 意地悪そうに笑っていたのが一変悔しそうに歪む。コイツほんと最近変わったよな。少し目を見開く。

「優芽ちゃんが、最近、会社でよく笑うんですよ。まあ、俺がアドバイスしたせいですけど!人見知りを頑張って克服しようとしてるんです。」
「そうだな。確かに印刷物持って来る時とか?でも笑うってほどでもないだろ。ひきつってる。」
「逆にその控え目な笑顔が男達がいいっていってるんですよ。優芽ちゃんがかわいんじゃないかって噂が広まり始めてるんです。」
「まあ、優芽は元々かわいいからな。無表情と近づくなオーラがひどかっただけで。」
「くっ。」

 悔しそうな文月を見て思わず笑ってしまう。

「それが喧嘩の原因?俺みたいに他の人をけん制したってこと?」
「あーもう!かっこ悪い…うわっ?ちょっ!先輩なでないでくださいよ!」

 頭を抱える文月がかわいくて頭をわしゃわしゃなでた。その気持ちすごくよくわかるよ。優芽に何回も名前で呼ぶな、話しかけるなって言われたのを無視してたから。

「まあ、俺は先輩ほど、ヘタレじゃないですけどね。」

 悪い顔でニヤリと笑われた。コ、コイツ!

「何だと~?」

 今度は両手で文月の頭を撫でまわした。ふわふわの髪がぐしゃぐしゃになった。

「ちょっと、何してんの?」

 呑気な声で優芽が帰ってきた。

「優芽ちょっとおいで。」

 隣にちょこんと優芽が座った。顔を傾けて上目遣いで見つめてくる。くそ。ホントかわいい。

「よしよし。優芽の彼氏は面倒くさくてかわいそうだなあ」

 優芽の頭を優しくなでる。一瞬驚いた顔をしたけど、すぐトロンと嬉しそうな顔をして笑った。ああ、もうこの笑顔も俺のものじゃないって思うと悔しいけど、このくらいいいよな。久しぶりに優芽に触った気がする。

「いてっ」

 文月に手を叩かれた。

「ちょっと、やめてください。」

 思い切り睨まれた。おーこわ。

「優芽ちゃん行くよ!」
「え?え?もう?」
「俺たち帰ります。お先に失礼します。」
「え~?久しぶりに莉子と泰晴とのご飯なのに~」

 文月が無理やり優芽を引っ張っていく。その様子を莉子と俺が苦笑して見送る。

「文月王子ホント優芽のこと好きだね。」
「だな。安心だ…って何だよ。」

 莉子が俺の頭をなでてきた。

「ヘタレなりにがんばってるなと思って。」
「うるせーよ。」

 ったくコイツは。面白がってんのか。同情してんのか...まあ、前者だな。

「ねぇ、泰晴。文月王子いつの間にか化けの皮むけてんだけど。面白いね。」
「化けの皮って。」
「ねえ、結構彼の事気に入ってるでしょ?」
「まーな。普段会社でスカしてる文月よりいいよな。」

 悔しいことに俺は文月が嫌いじゃない。

「っていうか、二人まだヤッてないらしいよ。安心した?」
「ぶっ!」

 飲んでいたビールを吹き出しそうになった。隣で莉子がニヤニヤしている。

「そういうことは聞きたくない。」

 まだまだ二人のそんな事情を笑顔で聞く状態じゃない。

 でも、二人が仲良くしてくれるのを心から望むのも嘘じゃない。








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