琥珀の中の一等星
オレンジ色の花
 垣根をくぐり、駈けていく。ふんわりとしたスカートを、いばらに引っ掛けないように気をつけながら。
 今日のワンピースはお気に入り。藍色をベースにした、麻の肌触りの良い生地。はしには白いレースがついている。
 ほんのり水色がかった長い髪と、ワンピースと同じ藍色の瞳を持つライラにはぴったりの色合いのワンピース。普段着の中では上等な部類だ。
 だって、今日は。
「リゲル!」
 後ろ姿を見つけてライラは呼びかけた。やや小柄な彼は、ライラの呼びかけに反応して振り向いて、ぱっと嬉しそうに笑う。
「ライラ、きてくれたのか?」
「うん! だって今日が初仕事って聞いたから」
「初仕事って……んな、大げさなもんじゃないけどな」
 とはいえ、本日のリゲルの格好は立派な『庭師』。これまで着ていたただの『作業着』とは一線を画していた。
 シンプルなシャツは普段通りであるが、ジャケットは動きやすくもかっちりとしたものであるし、簡素であるがタイもついている。
 大将にくっついてではあるけれど、今日は何年も修行を積んでいたリゲルが初めてお屋敷の庭整備の仕事に呼ばれる日なのだ。貴族のお屋敷での仕事は、そのあたりの民家の庭の整備とはレベルが違う。屋敷に出入りするひとも多いために、しっかりとした服装も求められる。
「かっこいいよ!」
「そ、そうか? ありがとな」
 顔を輝かせて言っていたライラに、リゲルは頭に手をやる。猫っ毛でふわふわしている、金色の髪に突っ込んだ。照れたときによくやる仕草だ。
「きっと素敵なお屋敷なんだろうね」
「ああ。割合シンプルらしいけどな。林檎の樹がメインなんだとか」
「へぇ、白いお花の樹ね」
「そうそう。かわいいよな、あれ」
 林檎の樹は実をつける前に、白くて可憐な花をつけるとリゲルが以前教えてくれた。やはり林檎は実のなっているところが見ごろかもしれないのだが、ライラはその白い花のほうが好きだった。
 リゲルも「かわいい花」と言ってくれることが嬉しくなる。その花の咲く庭を整備しに、今から行くことすら、なんだかこちらまで誇らしい。
「頑張ってね」
「ああ。ここからが俺のスタートだけど、いつかは花のたくさん咲く綺麗な庭を作るんだ。japan風の庭ってのも興味があるな。池とかオブジェみたいなのとかもあるんだと」
 理想の庭について語るときのきらきらした目でリゲルは話した。遠い国の、しかし美しいと定評のある庭についても付け加える。
「お、そろそろ集合だ。じゃ、行ってくる」
「うん! あとでお話聞かせてね」
 ちょっと寂しく思いつつも、出発前に話ができたことを嬉しく思う。あとでお屋敷のお仕事の話を聞くのも楽しみだ。
「あのね、これ、応援にあげる」
 ライラがポケットから取り出したのは、持ってきていた一輪の花。庭にあったものを摘んだだけだが、綺麗だと思ったのだ。
 色は淡いオレンジ色。なんの花かは知らなかった。ただ綺麗だと思って朝、摘んできたのだ。
「お、ありがとな。……ぷっ」
 リゲルは嬉しそうにそれを受け取ってくれたのだけど、ちょっと噴き出した。
「くくっ、ポケットに詰めてきたんだろ。歪んでる」
「えっ」
 確かにリゲルの手の上に乗った花は、花びらが歪んでしまっている。
 綺麗だと思ったのに。
 どきっとして、すぐに悲しい気持ちになりそうになったけれど、リゲルはそんなライラの気持ちを吹き飛ばしてくれた。そっと手を伸ばして頭を撫でてくれる。
「や、形なんかよりライラがくれたって気持ちが大事だから。嬉しいよ」
 言われてほっとした。
 喜んでくれたことに。
 そして自分の気持ちを大事だと言ってくれたことに。
 まだ幼かったライラは単純なもので、すぐに満面の笑みに戻ることができた。
「学校抜けてきたんだろ。見つからないように帰れよ」
 その表情と様子の変化がおかしかったのか、くす、と笑ってリゲルはライラの髪をもう一度撫でた。低めの背に似合わない、案外しっかりした手で。
「そんなヘマしないから!」
 膨れたライラに、はは、と笑って。リゲルは初の、きちんとした仕事へ向かっていった。
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