琥珀の中の一等星
 別に、男のひとから言ってほしいと思っているわけではない。そういう古風な考えはあまりない。
 いや、向こうから言ってくれたら幸せだろうと願う気持ちは、好きな相手がいる身としては当たり前のようにあるけれど、女性から言うのがはしたないとは……少なくともライラはあまり思っていなかった。実行できていないにしても、概念的には、ともかく、そういうふうに思っていた。だから単純に勇気が足りないのだ。
 一体、何年こんなふうにしているの。
 もうわかりもしなかった。思い切りが悪すぎると思う。
 好きなひとがいて、そのひとは近くにいて、そしてちょっとの勇気を出して手を伸ばせば、届くかもしれないのに。
 悶々としつつも髪をとかす。普段の手入れがいいので、するするとブラシは髪の間を通っていった。カメリアの油を薄くつけているので、髪はつるつるといつも綺麗だった。
 気に入っている、薄水色の髪。いつか彼に触れてもらえたなら。そんな気持ちが髪を手入れすること、ひとつにだって反映されている。
 髪を整えるのも済んだので、ブラシを戻そうとライラは座っていたベッドから鏡台の前へと向かった。
 そして、ふっと思う。
 幼い頃は言えたのに。そう、「わたしがリゲルおにいちゃんと結婚する!」とリゲルの腕に抱きついていた少女のように。
 自分もああ言ったことがあった。「大きくなったらリゲルと結婚する!」と。
 今でも孤児院のあの少女や、もしくは昔々の自分くらい無邪気であったらよかったのに。
 でも無理だ。
 ライラはすっかり大人になってしまった。成人ではないけれど、心も体もほぼ大人。大人に近いゆえに、そんなことは気軽にもう言えない。
 ブラシを鏡台の上の、背の高いケースに挿して戻して、ふと引き出しが目についた。
 そこにはアクセサリーが入っている。メイクをしたり髪型を整えたりするときに、一緒に選べるように。その中に入れている、ひとつのアクセサリー。
 鏡台の前に座って、引き出しを開ける。さらにその中に入っているアクセサリーケースも開けた。仕切りをしてあるそのひとつに、入っているもの。
 三日月のネックレスを手に取った。マルシェで買って、すぐにチェーンを切ってしまって、でもそれをリゲルが、ぱぱっと直してくれたものだ。色々な意味で大切な、それ。
 朗読会のあの日はドレスがオレンジ色だったので、これは付けなかった。
 本当はつけたかったのだけど。リゲルが見に来てくれる日であったので。
 でもオレンジの服にオレンジのアクセサリーでは、かすんでしまう。どちらかというと、藍や水色の服に合わせたほうがこのオレンジ色のネックレスは映える。
 そう。
 水色の髪を持つライラ。
 オレンジ色の服を着ていることが多いリゲル。
 ふたりにとって、それぞれ身近な色。対極の色だけど、それゆえに引き立て合うことができる。相性なんて、悪くないと思うのに。
 色の相関図による相性だの。
 もしくは星座占いかなにかだの。
 そんなことも色々見たこともある。
 そんな、幼い少女のようなおまじないのようなことまで思いだしてしまって。
 でも今必要なのはそんな戯れ事ではなく、口に出す勇気。
 どうしたら手に入るのだろう。心の奥から絞り出すことが出来るのだろう。わからない。
 手のひらに乗せたネックレスをじっと見つめて、そして手を持ち上げた。
 そっとくちびるをつける。
 オレンジ色の石に軽くキスをして、すぐに恥じ入った。こんなふうに彼のくちびるに触れられたら、なんて思ってしまったがゆえに。
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