琥珀の中の一等星
想いはひとつに通じ合い
 歩く足取りはおぼつかなかった。ふわふわと雲の上を歩いているようだ。この数分でいろんなことがありすぎた。
 リゲルに言われかけたこと。
 馬車事故から護ってくれるために抱き寄せられたこと。
 頬に触れて撫でてくれたこと。
 そして、今、手を取って歩いてくれていること。
 どくどくと心臓がうるさくて、すぐ前を歩く彼の背中を見つめるしかない。その背中も、けっして大きなわけではないのにしっかりとした硬さを持っていることがわかってしまう。
 あの身で抱かれたのだと思うと、嬉しさと照れ、恥ずかしさに心臓が破裂してしまいそう。
 数分歩いて、家の近くまで来た。このまま帰るのだろうと思った。一緒に出掛けたときはそうあるように、家の前まで送ってくれるのだろうと。
 でもリゲルはライラの家に向かう方向ではないほうへ路地を曲がった。そこは少し道が細い。
 え、どうして。送ってくれるんじゃ。
 思ったのは一瞬だった。
 薄暗い路地へと入って、リゲルは足をとめた。ライラに向き直る。もう一度しっかり視線が合った。
 ライラを見つめる、琥珀の瞳。まるで恒星のように硬い色になっていた。
「流石に、あそこじゃちょっとあれだったから」
 確かに、馬車事故で恐れる声と、がやがやという野次馬の声が交錯する中では。
 だから少し離れたここまで来てくれたのだろう。
「交際しているやつはいないんだった、よな」
 前置きをして、今度こそ最後まで告げられる。
 ライラがずっと、ずっとほしかった言葉を。
「俺の恋人になってくれ。お前がまだ小さい頃から好きだった」
 男らしすぎる、ストレートな告白だった。
 言われると予感はしていた。馬車がすぐ横に突っ込んでくるその前、言いかけられたときに。
 でも実際に耳にしてみればまったく違った。胸のいちばん奥へすとんと落ちてきて、かっと火をつけられる。
 彼の言葉に。
 伝わってきた想いに。
 ライラは思わずくちもとを覆っていた。このようなことを言われたらいいなと願っていた。何年、想っていたかわからない。
 当たり前のように、答えなんてひとつしかなかった。そして勇気を、自分から告げてくれたリゲルよりはずっと少ない勇気だろうけど、今こそ出して言う。
「嬉しいよ。私もリゲルがとっても好きだった。小さい頃から、ずっと」
 小さな声ではあるけれど、しっかりと返事をしたライラの言葉に、リゲルは心からほっとしただろう。めもとがふっと緩む。
「ありがとう」
 ここまでずっと一緒に成長したこと。
 その間、ずっと近くにいたこと。
 ライラが近すぎる距離に、それをなくしたらと思って不安になっていたようなことを、リゲルも思っていたのかもしれなかった。
「焚き付けられたような形になっちまったけど。ほんとうはずっと言いたかったんだ」
 そっと手を伸ばされる。事故から護ってくれたときとはまったく違って、羽根を手の中に包み込むようにやさしく抱き寄せられる。
 心臓がいったん喉の奥まで跳ね上がってきて、どくんどくんと速い鼓動を刻むけれど、もう不安感からではない。
 純粋なうれしさ。想っていたひとと、今まさに結ばれてしまった瞬間の。
「お前が学校を、ああ、中等科だな。卒業するときに言うつもりだった」
 しっかりした腕と胸に抱かれて、耳元でリゲルの声が聴こえる。その声は小さく、ライラに聴かせるためだけに言ってくれるのがよくわかった。
「そうだったんだ」
 ライラも小さな声で答えた。中等科を卒業するときが、一応の大人になることとされている。
 待っていてくれたのだ。ライラが大人になるときを。律儀なリゲルらしいことだ。
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