琥珀の中の一等星
「リゲルくん、おかわりはいかが?」
「ありがとうございます。いただきます」
ライラの母がおかわりを勧めて、リゲルはそのままそれを受けた。良く食べるのだ。そこはとても若い男性らしい。
背こそ低めであるものの、彼の体つきは成人した男性そのままに、しっかりしていた。体を使う仕事であることも手伝っているのだろう。服を着ている上からでも筋肉が確かについているのがわかる。夏などは特に薄着になるので、固そうな筋肉の付いた腕や、くっきり浮いた筋が見えて、とても『若い男性らしさ』を感じさせる体つきだった。ライラという、若い女性の眼から見てだけでなく、きっとほかのひとから見てもとても魅力的だろう。
本人はそれをあまり自覚していないのだろうか。背の低さばかりを気にしたことを言うのは。
まぁそういうものかもしれない。良い点よりも、ひとつの欠点のほうが気になってしまうものだ。人間というものは。
自分だってそうだ、とライラは思う。自分の容姿を気に入っていないとは言わないけれど、気になってしまう部分はどうしてもある。
「お花でも植えたのかしら?」
今度リゲルに質問したのは、ライラの母だった。二切れ目のパイ包みにフォークを入れながら、リゲルは頷く。
「カーネーションの手入れをしてきたんです」
「そうなんだ。初夏のお花だからそろそろ咲くのよね」
ふんわりとした花弁に、やわらかなぎざぎざのついた先端。華やかでありつつも、慎ましやかさも同時に持っている、ライラが好きな花だ。
「ああ。つぼみのが多かったぞ。まぁ一応、通年咲くんだけど、この時期がやっぱり一番綺麗だな」
それならもう少ししたら咲くのだろう。そのお屋敷のカーネーションは見られないだろうが、街中や野で見られたらいいな、と思う。勿論、リゲルが手を入れたものを見たい気持ちはあったが。
「何色?」
そうだ、さっき思い出していた五年ほど前のリゲルとのやりとり。自分が渡したオレンジ色の花。……ちょっと歪んでしまった、子ども極まりない様子になってしまった、花。
あれももしかしたらカーネーションだったのかもしれない。時期的に合っているし、そのとき庭に咲いていた可能性だって高い。なのでちょっと気になって色を尋ねると、リゲルはさらりと答えた。
「ピンクだぞ。あと、赤もあったかな」
言い方も『なんでもない』という調子だったのでライラは少しがっかりしてしまった。
オレンジではないのね。
それで、口ぶりからするに、あの花がカーネーションだったというわけでもないようだ。
なんのお花だったんだろう。今でもちょっと心に引っかかっている。
「ピンクのカーネーション、いいわねぇ。盛りになったらうちにも飾ろうかしら」
ライラの母が言い、リゲルは嬉しそうに「では、咲いて手に入ることがあったら持ってきますよ」と言っていた。
リゲルが花などの植物を差し入れてくれることはたまにあった。なにしろ植物を扱うのが仕事のひとつなのだ。仕事場でも育てているそうだし、全体のバランスや植物の成長を考えて、間引いた花や枝などが手に入ることもあるのだという。
「嬉しいわ。そうしたらまたご飯を食べに来てね」
「はい。リラさんのご飯は美味しいので大好きです」
にこにこと二人は会話をしていたが、それはライラにとってはちょっと不満を覚えるところ。さっきの『オレンジ色の花』とは別件で。
「酷い。私だって作るのに」
ぷぅ、と膨れてみせた。そしてリゲルは普段通りに、可笑しそうに笑った。
「悪い悪い。ライラのご飯も美味いよ」
「また。とってつけたみたいに」
「嘘じゃないって」
このような何気ないやり取りができることがとても嬉しい、と思う。一緒に過ごせるだけでも楽しいというのに、自分を見て会話を交わしてくれる。それは彼の周辺が今どうあろうとも、自分がそういう近しい存在であれているのは確かなのだから。
ほんのり彼に想いを寄せている身としては、そういう『特別』を感じられることは極上の幸せだった。
終始和やかに食事は進んで、デザートも食べた。リゲルの持ってきたブルーベリーはとても美味しかった。鮮度が良いのでしっかりとハリを持っていて、水分もたっぷり含んでいる。
ブルーベリーも野の味がする、とわずかに酸っぱく、でも確かに甘みを持っているブルーベリーをひとつぶずつ口に運びながら、ふっと笑みがこぼれてしまった。
「ありがとうございます。いただきます」
ライラの母がおかわりを勧めて、リゲルはそのままそれを受けた。良く食べるのだ。そこはとても若い男性らしい。
背こそ低めであるものの、彼の体つきは成人した男性そのままに、しっかりしていた。体を使う仕事であることも手伝っているのだろう。服を着ている上からでも筋肉が確かについているのがわかる。夏などは特に薄着になるので、固そうな筋肉の付いた腕や、くっきり浮いた筋が見えて、とても『若い男性らしさ』を感じさせる体つきだった。ライラという、若い女性の眼から見てだけでなく、きっとほかのひとから見てもとても魅力的だろう。
本人はそれをあまり自覚していないのだろうか。背の低さばかりを気にしたことを言うのは。
まぁそういうものかもしれない。良い点よりも、ひとつの欠点のほうが気になってしまうものだ。人間というものは。
自分だってそうだ、とライラは思う。自分の容姿を気に入っていないとは言わないけれど、気になってしまう部分はどうしてもある。
「お花でも植えたのかしら?」
今度リゲルに質問したのは、ライラの母だった。二切れ目のパイ包みにフォークを入れながら、リゲルは頷く。
「カーネーションの手入れをしてきたんです」
「そうなんだ。初夏のお花だからそろそろ咲くのよね」
ふんわりとした花弁に、やわらかなぎざぎざのついた先端。華やかでありつつも、慎ましやかさも同時に持っている、ライラが好きな花だ。
「ああ。つぼみのが多かったぞ。まぁ一応、通年咲くんだけど、この時期がやっぱり一番綺麗だな」
それならもう少ししたら咲くのだろう。そのお屋敷のカーネーションは見られないだろうが、街中や野で見られたらいいな、と思う。勿論、リゲルが手を入れたものを見たい気持ちはあったが。
「何色?」
そうだ、さっき思い出していた五年ほど前のリゲルとのやりとり。自分が渡したオレンジ色の花。……ちょっと歪んでしまった、子ども極まりない様子になってしまった、花。
あれももしかしたらカーネーションだったのかもしれない。時期的に合っているし、そのとき庭に咲いていた可能性だって高い。なのでちょっと気になって色を尋ねると、リゲルはさらりと答えた。
「ピンクだぞ。あと、赤もあったかな」
言い方も『なんでもない』という調子だったのでライラは少しがっかりしてしまった。
オレンジではないのね。
それで、口ぶりからするに、あの花がカーネーションだったというわけでもないようだ。
なんのお花だったんだろう。今でもちょっと心に引っかかっている。
「ピンクのカーネーション、いいわねぇ。盛りになったらうちにも飾ろうかしら」
ライラの母が言い、リゲルは嬉しそうに「では、咲いて手に入ることがあったら持ってきますよ」と言っていた。
リゲルが花などの植物を差し入れてくれることはたまにあった。なにしろ植物を扱うのが仕事のひとつなのだ。仕事場でも育てているそうだし、全体のバランスや植物の成長を考えて、間引いた花や枝などが手に入ることもあるのだという。
「嬉しいわ。そうしたらまたご飯を食べに来てね」
「はい。リラさんのご飯は美味しいので大好きです」
にこにこと二人は会話をしていたが、それはライラにとってはちょっと不満を覚えるところ。さっきの『オレンジ色の花』とは別件で。
「酷い。私だって作るのに」
ぷぅ、と膨れてみせた。そしてリゲルは普段通りに、可笑しそうに笑った。
「悪い悪い。ライラのご飯も美味いよ」
「また。とってつけたみたいに」
「嘘じゃないって」
このような何気ないやり取りができることがとても嬉しい、と思う。一緒に過ごせるだけでも楽しいというのに、自分を見て会話を交わしてくれる。それは彼の周辺が今どうあろうとも、自分がそういう近しい存在であれているのは確かなのだから。
ほんのり彼に想いを寄せている身としては、そういう『特別』を感じられることは極上の幸せだった。
終始和やかに食事は進んで、デザートも食べた。リゲルの持ってきたブルーベリーはとても美味しかった。鮮度が良いのでしっかりとハリを持っていて、水分もたっぷり含んでいる。
ブルーベリーも野の味がする、とわずかに酸っぱく、でも確かに甘みを持っているブルーベリーをひとつぶずつ口に運びながら、ふっと笑みがこぼれてしまった。