花のようなる愛しいあなた
◆慶長16(1611)年◆

◇正月◇

慶長16(1611)年の元旦。

そのちょっと前の時間に千姫は秀頼と待ち合わせをして、天守閣に登っていた。
天守閣に登るのは久しぶりだ。
暗い中小さな提灯を頼りに登る。

松は暗いところも高いところも怖くて上まで登れなかったので2階付近で待機している。
天守の中は吹抜けとまではいかないが階段部分が微妙に吹き抜けているので結構高いところからでも声は届く。
「何だよ、情けねぇなぁ、松」
重成がやれやれと言った表情で近づいてくる。
「すみませんねぇ!
重さんも上に行ったらどうですか?
私、終わるまでここで待機してますから」
「秀頼様が千姫様とお二人になりたそうだったから、俺もここで待機だ」
「あっそ」
「それにお前ひとりだと恐いって泣き始めるかもしれないから」
「そこまで臆病じゃないもん!」

千姫と秀頼はサクサクと天守閣の最上階まで登る。
「やっぱり普通は怖いよね、お松ちゃんに悪いことしちゃったかな?」
「松はもともと高所恐怖症だからね…」
「まぁ、でも、重成と仲良くじゃれてるみたいだから大丈夫かな?」
「あの二人、いいコンビよね」
「確かに。
それにしても、お千ちゃんはやっぱり結構度胸あるよね?」
「秀頼くんがいるところならどこでも怖くないもん!」
千姫がものすごいどや顔で言ったので秀頼はまた笑ってしまう。
「あはは、ありがとう」

秀頼は提灯の明かりを消す。
「お千ちゃん、見て。
この季節は寒いけど空気が澄んでてすごく星がキレイなんだ」
「うわぁ、本当だ!」
「一番空に近い場所でこの風景をお千ちゃんと一緒に観たかったんだ」
「すごい、まるで星空の中にいるみたいだね」
「喜んでくれて良かった」
「うん、素敵。
ずっと観ていられるね」

真っ暗な暗闇を照らす星の明かりはやがて薄れて行き、空全体が仄かに白くなっていく。
「もうすぐ日の出だね」
「うん」
ご来光が見え始めた。
言葉は要らない。
2人は日が昇っていく様子をうっとりと見つめていた。

やがて世界が光に包まれてすっかりいつもの見慣れた朝となった。
「ここからの景色も久しぶりでしょ」
「そうだね」

「お千ちゃん。
徳川のお祖父様からのお誘い、受けようと思う」
「秀頼くん…!」
「母さんは説得する。
対策も考える。
お千ちゃんの夫としてお祖父様にお会いしてくる。

お祖父様には随分お会いしてないから、正直どのような方だったかうろ覚えなんだ。
本当に皆が言うように危険で豊臣に敵対心を持っているのか、
皆の意見は意見として大切だけど自分自身の目で確かめたいんだ。
あの頃よりも人を見る目は育ったと思うし
豊臣家のことをどう思ってるかも知りたいし
今後どんな関係性を築いていけるか
実際会ってみないことにはわからないと思うんだ。
どうかな?
応援してくれる?」
「うん、勿論だよ」
「ありがとう」
「そしたらここから秀頼くんたちの船を見送ってあげるね」
「心強いよ。
でも…あんなに遠くまで行けるなんてちょっと興奮するなぁ」
秀頼の目が輝いた。
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