花のようなる愛しいあなた
「加藤殿は会見前愛宕山に籠りまして願掛けを行っていた模様にございます」
板倉勝重は家康に報告した。
「そうか、そうか」

愛宕山とは京の北西部に位置し山城国と丹波国の国境に位置する山である。
比叡山と並ぶほどの霊山として古くから信仰を集めている。
明智光秀が織田信長を討つ前に愛宕百韻を詠んだことでもよく知られている。

そうか、あの時加藤殿が変な方向を向いて虚な表情を浮かべていたのは愛宕山に祈りを捧げていたせいであったか…!
未だ豊臣家に対しそれほどの忠義心を持ち続けているとは…!
大した男よ…
そして
忌々しい奴よ!
他の大名たちはどう思っているのか
福島は
池田は
浅野は!!?

加藤の態度も不愉快であったが、最も不愉快だったのが京のあちこちの邸宅の壁に書かれた落書きであった。

『御所柿は独り熟して落ちにけり
木の下に居て拾う秀頼』

板倉は家康に隠そうとしたが、家康は気にも留めない様子で
「今後の参考になるかも知れぬ」
と実物を見た。
「落書きしたものを徹底的に探して断罪致しましょう!」
「いやいや、それには及ばぬ。
たかだか落書きではないか」
「何と器の大きい…!」
「はっはっはっ。
上手いこと書きよるわい。
わしも身を引き締めていかねば、のう!」

御所柿とは昔から希少品種で珍重されている柿である。
デリケートで熟れると落ちやすいことでも知られている。
勿論この場合天下を取った大御所である家康のことを指している。

ふん、上手いこと書きやがって…!
そうみすみすと拾われてたまるものか!
どれだけ苦労したと思ってるんだ…!!
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