花のようなる愛しいあなた
「こんな騙すような形で豊臣家を裏切って…徳川の家から遣わされた者として茶々姉様や皆様方に合わせる顔がございません…!!!」
泣き崩れる多喜の前で呆然と立ち尽くすしかできなかった千姫にも次第に悔しさと怒りが込み上げてくる。

だって秀頼くんはえらくなる人だって、お父さんだってそう言ってたじゃない!
だから千が秀頼くんと家ぞくになるんだってお母さんも言ってたじゃない!
おじいちゃんやお父さんやお母さんをしんじてたのに!!!
千もだまされたってこと?
ひどいよ!
ずるいよ!
お母さんもしんじられない!
お父さんもゆるせない!
おじいちゃんなんて大きらい!!
徳川家のバカ!!!
千姫は淀殿が家康を嫌う気持ちを理解したような気がした。

そして千姫はハッと気がつく。
「たき、わたしも徳川の人間だから、うらぎりもの?
りえんされちゃうの…?」
「それは茶々姉さまと秀頼さまがお決めになること…」
多喜は黙り込んでしまった。
「いやだよ…ひでよりさまとはなれたくない…。
しげさんやみんなといっしょにいたいよ…」
そばにいた松も大号泣している。

そこに秀頼がやってきた。
「ごめんね、来るのが遅くなっちゃって…
って、みんなどうしたの!?」
悲しみに暮れる3人を見て秀頼はぎょっとした様子だったが、すぐに察して千姫に声をかける。
落ち着いた優しい声だ。
「みんな泣かないで。
誰かが死んだわけではないし、ね?」
「でも、徳川家のせいで…秀頼くんがだまされて…。
わたしも徳川の人間だから、きらいになっちゃった?
りえん…されちゃうの…?」
千姫は秀頼をまっすぐに見つめた。
「こうなることは何となく予想はしていたんだ。
おじい様はご高齢だしお義父様に職を譲ってもおかしくはないよ。
それに僕は源氏ではないから征夷大将軍にはなれないしね」
「そうなの!?」
「だから僕は父さんの後を継いで関白職を狙っていこうと思ってる」
「かんぱくとせいい大しょうぐんはどっちがえらいの?」
「どっちが偉いというよりは僕は協力して日の本を治めていけないかなと考えてるよ。
どちらもなくてはならない要職だし」
「じゃぁ、じゃぁ…わたしはりえんされない?」
「そんなことしないよ!」
「わたしのこと、きらいになってない?」
「なってないよ!
僕はお千ちゃんが来てくれて本当に嬉しいと思ってるんだ」
秀頼は優しく微笑い千姫の頭をぽんぽんした。
泣くのを堪えてた千姫も大号泣してしまった。
「よしよし、泣かないで」
秀頼は千姫を軽く抱きしめて泣き止むまでずっと頭を撫でてくれた。
「大丈夫だから」
まるで妹をなだめる兄のようだった。

千姫や多喜や松は非常にバツが悪く感じていたのだが、その後も秀頼は普通に接してくれたし、淀殿も意外と普通だった。
「徳川家はむかつくけど、別にあなたたちが悪いわけじゃないじゃない?」
家の争いごとに巻き込まれて被害を受けるのは弱い立場の女であることを淀殿はよく知っている。
淀殿の態度のおかげで千姫たちは大坂で今まで通りこれからも過ごせることになった。
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