花のようなる愛しいあなた

◇秀康◇

風も涼しくなってきた頃、寧々さんが大坂城にやって来た。
田んぼをチェックするためだ。
みんなで育てた稲は黄金色に輝き収穫を残すのみとなっていた。
千姫や松にとっては初めての刈り入れである。
わくわくが止まらない。
小作人を始め、多喜や手の空いている侍女たちも加わり、寧々さんの指示でどんどん収穫していく。
小さな田んぼなので数時間で作業は終わった。

「では、お茶でも淹れてきますね」
多喜が炊事場からお茶を持って戻って来ると、一人の男に声をかけられた。
「よぉ。久しぶり」
「!」
多喜はびっくりしてお茶をこぼしそうになった。
「…何であなた様がここに…?」
「寧々さまに頼んで連れてきてもらったんだ。
お前が江の姫君に着いて一緒に大坂に来てるって聞いてな」
「ちょっと、待ってて…」
多喜はみんなにお茶を出した後、少し離れた場所で男と話をし始めた。

その男は歳は多喜と同年代だろうか。
大柄で威厳はあるが、体中赤黒い痣に覆われていて遠目でも辛そうに見えた。
「何年ぶりだ?」
「…」
「元気だったか?」
「おかげさまで」
男は愛おしそうに多喜を見る。
「相変わらずきれいだな、多喜は」
「……」
そして自嘲気味に言う。
「ひどいだろ、俺の顔。
病魔に侵されてこのザマだ」
男はたまに咳をする。
「こんなところに来ている場合ではないでしょう、寝ていないと」
「イヤ、この病気は治らない。
俺はもうそう長くない…。
だから会いに来たんだ」
「……」

男は千姫と松を眺めて言う。
「あの娘…お前の子か?」
「ええ」
「江戸の姫に瓜二つだな」
「そうかしら」
「従妹だってだけであんなに似るか?」
「寄せてるしね」
「秀忠の子か?」
多喜はかっとなって言う。
「バカ言ってんじゃないわよ!
違うにきまってるでしょ!!!」
「そうか、じゃあ俺の子か?」
「…違います」
「違わないだろ、あの時の子なんだろ?
幾つになる」
「……」

男の名前は、松平秀康。
徳川家康の次男で、秀忠の腹違いの兄である。
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