花のようなる愛しいあなた
「お方様、そろそろ準備が」
「あ、そうね、また後でね!」
千姫は屋敷の奥の方に案内され、いよいよ結婚式の身支度を整える。
大坂城の侍女のボスみたいな人がそこから付き添ってくれる。
江戸から来たみんなとはしばしのお別れである。
知らない場所、知らない人に連れられて千は緊張していたが、何だかわくわくもしていた。
「まっすぐお進みください」
「はい」
「こちらに座ってお待ちください」
「はい」
しばらくすると、やはり侍女に誘導されて背の高い少年が入室してきた。
「じろじろ見ません。少しうつむいてください」
「はい」
知的で美しい顔立ちをしているその少年は千姫の前に座り、にっこりと優しい表情で微笑んだ。
「秀頼です。よろしくお願いします」
4つ年上だという秀頼は口調も柔らかで、千姫の緊張をほぐしてくれた。
秀頼は所作の一つ一つが洗練された美しさでまるで絵巻物の主人公を見ているかのようだった。
この人が私のだんなさま・・・。
「じろじろ見ません。少しうつむいてください」
侍女にまた注意されて、思わず秀頼に見とれていたことに気が付く。
「は、はい」
焦る千姫の様子を秀頼はニコニコしながら見ていた。
その後、三々九度やらよくわからない儀式を言われるがままにこなし、祝言は終了した。
本来なら2~3日かけて祝言の儀式は行われるらしいのだったが、二人とも年少ということで儀式は一日で終了し、その後宴が行われることとなった。
もちろん千姫と秀頼の結婚の祝宴でもあったが、江戸からやって来た一行をもてなす宴でもあった。
大人たちはほぼ顔見知りだったため、盛り上がりは半端なかった。
離れて過ごした空白の時間を埋めんとばかり話は尽きることがない。
千姫も質問攻めにされていた。
「江戸からは遠かったでしょう?」
「お江ママは元気?」
「侍女のみんなは元気?」
江戸のみんなの話を楽しくしているうちにふと千姫は伏見で会った家康のことを思い出した。
「よどかあさま、あのね、おじいちゃんがね、
よどかあさまとなかよくしたいのにごかいがあるっていってたよ」
その瞬間、淀殿の顔が鬼の形相に変わった。
「狸に何吹き込まれたか知らねーけど
余計な事言ってんじゃねぇよ!
何にも知らねぇくせに!!!」
場が凍った。
千姫はびっくりして固まってしまった。
ただ、分かったことがある。
この二人の間にはとてつもなく大きな溝がある……。