花のようなる愛しいあなた
「そういえば主上、そういえば今年の八朔の品々はいかがいたしましょうか」
鷹司信房はなんとか話題を変えようとした。
「もう、そんな季節か…」
八朔とは、8月1日という意味である。
この頃に作物が実ることから、田の実(たのみの)節句とも呼ばれ、この「たのみ」を「頼み」にかけ、日頃お世話になっている人に、その恩を感謝する意味で贈り物をする風習が生まれた。
目下の者から贈り物をし、天皇からお返しをするというのが一般的だが、ここ数十年は豊臣家も天皇家も同時に八朔の贈り物をお互いに送り合っていた。
それに倣って五摂家も同じようにしていた。
そこには豊臣家に対する信頼と期待が表れていた。

「あ、豊臣家にはこちらからは出さなくていいからな。
あそこはもう右大臣家でも関白家でも何でもないんだから…。
せっかく与えてやった官位なのに一度も参内しないまま要らないとか言う奴にぺこぺこする必要はない」
「はっ…」
「しかし……豊臣もなぁ~…、
もう少し頑張って欲しかったよなぁ。
結局、朝廷より自分の領土が大切って事だろ?
徳川の思う壺じゃん。
とんだ期待外れだよ。
信房も向こうから使いが来なければこちらから何も送る必要はないからな。
でないと、しきたりが色々おかしくなるから」
「かしこまりました」
「幸家くんもね?
もう君の方が上位の人間なんだからね?」
「…はい」

秀吉が亡くなってからもなお「関白家」扱いされて公家衆や勅使が頻繁に訪れていた豊臣家は、秀頼の右大臣辞任後は一般的な公家扱いをされるようになり、朝廷とは少し疎遠になっていった。
朝廷や公家衆との繋がりを絶やさない為に、秀頼は今まで通り八朔の贈り物を届けさせた。
勿論贈り物に対して下賜はあるが、今までとは対応が違うことは明らかだった。

淀殿もこれまで以上に歌会や花見会などのイベントを数多く行い、大坂城に客人を招いた。
今までは淀殿と仲間内の趣味といった感じで秀頼はあまり参加していなかったが、成人した今は率先して客人をもてなすようになっていった。
なかなかこれが大変なようだった。
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