※彼の愛情表現は、少しだけ重すぎる。


けれど朝の通勤ラッシュでは恫喝が起きても自分の予定に響くからなのか、みんな無関心のフリを決め込んでいる。

だから余計に、恫喝の声は車内に響き渡る。


「このガラス越しに見てたんだ。返せ、盗った金」

「俺はなにも……」

「ああ? 早くしねぇと警察につき出すぞ!」


黙って聞いていれば、なんてひどい言いがかりだ。

だって私はずっと彼の後ろ姿を見ていて、怪しい仕草なんてしていないことを知っているのだから。


私は我慢ならなくなって、思わず座席から立ち上がっていた。


「この人、なにも盗ってません」


坊主の男に詰め寄って、そう言い切る。


すると突然部外者が口を挟んできたことに坊主の男は不機嫌さを隠そうとせず、大人げなく私を睨んできた。


「あ? なんだ、てめぇは」

「私、後ろからずっと見てましたけど、彼が盗んだところなんて見てないです。両手も塞がってたし」

「証拠はあんのか、証拠は」

「あなたの方こそ、自分のお金をとられた証拠はあるんですか?」


お互い一歩も引かない攻防に、次第にあたりのざわつく声が耳に届くようになってきた。

そんなあたりの目を気にしてか、男の目が泳ぎだす。


「たく……ちっ、うっせぇんだよ、クソガキが!」


私の胸元をどんと押し退け、坊主の男が人目から逃げるように車両を移っていった。

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