ウソキオ 〜 ウソのキオク喪失から始まる同棲生活〜
8、 ホクロの位置を知っている

◯ メインベッドルーム


窓から差し込む光で、 瞼の裏がチカチカして目が覚めた。

うっすら目を開けると、 カーテンの閉められていない窓からは、 雲一つない綺麗な青空が見えた。


糸 (ここは…… )

糸 「あっ! 」

慌てて体を起こしたら、 自分の素肌が見えてギョッとする。
布団をめくって中を覗いたら、 やっぱり下着一つ身につけていない、 (まご)うことなき全裸だった。


糸 (しかも、 コレって…… )


身体中、 至る所に花びらのような赤紫色のアザがある。

胸、 お腹…… そして、 太腿にまで。


糸 (コレってつまり…… )

糸 「私、 カイと?! 」


昨夜のことを思い出し、 全身がカッと熱くなる。


***

<< 糸の回想 >>


絡みあう舌。
漏れる吐息と荒い呼吸。


キスをしながらシーツを剥がすカイ。
肩から腕、 そして胸へと手のひらが滑っていき、 首筋に口づけをされる。



カイ 「糸…… 声を聞かせて」

糸 「あっ…… 嫌…… だ…… 」


カイの少し掠れた声に続いて聞こえてきたのは、 自分のものでは無いような、 少しキーの高い、 吐息交じりの声。


唇で胸に愛撫を加えながら、 左手はツツツと下に降りていき、 そして…… 。


糸 「ああっ! 」

身体をビクンと仰け反らせ、 絶頂と共に暗転。


<< 回想終了 >>


***


糸 「嫌だっ! 」

恥ずかしさのあまり、 布団でバッ!と顔を覆う。


糸 (嬉しいような、 恥ずかしいような、 いたたまれないような…… )


もう一度そっと布団をめくって、 自分の下半身を確認する。


糸 (痛くはない。 出血もない。 そして…… 途中からの記憶も…… ない)

糸 「ええっ、 どっち?! 」



糸 (そう言えば、 カイは?! )

ベッドにはカイがいない。

キョロキョロ部屋を見渡して、 部屋の隅に置かれた自分のスーツケースに目を止める。


糸 「とりあえず下着を…… 」


ベッドからそっと足を下ろし、 立ち上がったところでドアがバタンと開いた。


糸 「キャッ! 」
カイ 「うわっ! 」

糸が後ろを向いてしゃがみこみ、 カイが慌ててドアの向こう側に消えた。


糸がベッドに飛び込んで、 肩まで布団に潜ったところでノックの音。


トントン


糸 「はっ、 はい! 」

今度は薄っすらドアが開いて、 隙間から申し訳なさそうにカイの顔が覗いた。


カイ 「入ってもいい? 」
糸 「はい」

カイ 「ごめん…… まだ寝てると思ったから。 バスローブを枕元に置いておこうと思って」

糸 「…… はい」

布団から両手を出して、 カイが差し出した白いバスローブを受け取る。


カイが目線を糸の顔から布団に移し、 また顔に戻ってくる。

カイ 「まあ、 もう全部見ちゃったから、 今更なんだけどね」

クスッと柔らかく微笑みながら言われて、 顔がポポポと赤くなる。


糸 「あの…… 昨日は…… 途中から覚えてなくて…… 」

カイ 「…… 思い出してみる? 」


カイはベッドに腰掛けると、 右手で糸の髪を優しく撫で、 頬を撫で、 そのまま指先で、 鎖骨、 胸の谷間となぞっていく。

胸の辺りで指先が布団に当たって止まると、 指先を布団に引っ掛けてグイッと(めく)った。


糸 「あっ! 」


おへその辺りまで布団をずり下ろされて、 思わず両腕で自分の胸元を隠すと、 その腕を掴んでバッと開かれ、 (あら)わになった胸の先端を口に含まれた。


糸 「あっ…… 嫌っ…… 」


カイは糸の胸に口をつけたままチラッと見上げ、 イタズラっぽく目を細める。

そして右手が布団の中に潜って行き……


糸 「あっ…… 嫌っ…… 」

カイ 「また嫌って言う」

カイが胸から一瞬だけ顔を上げ、 「イイって言って」と囁く。


糸 「ふ…… んっ…… でも…… 朝なのに…… それに、 カーテンが開きっぱなしで……」


カイ 「欲情するのに朝も昼も関係ない。 それに、 地上90メートルを覗く人なんていないよ。 …… どう? 気持ちいい? 」

糸 「…… ああっ!…… ふっ…… 」

糸はヘッドボードに後頭部を押し付けたまま、 快感に耐えている。


カイ 「…… イイ? 」

糸 「イイっ…… ああっ! 」

絶叫とともにビクンと身体が跳ねて、 白い喉元が仰け反った。


カイはその姿を確認すると満足げに微笑み、 スッと立ち上がる。


カイ 「さっ、 朝食にしようか 」
糸 「…… えっ? 」


カイ 「洋食で良かったかな? もう用意出来てるから、 糸はシャワーを浴びておいで」


そう言い残してカイがさっさと部屋を出て行くと、 唖然とした表情の糸だけがベッドに取り残された。


***


◯ バスルーム


シャワーを浴びながら、 自分の体をまじまじと眺める糸。

糸 (昨日もココまではした。 それは覚えてる。 だけど、 その先は? シたの? シてないの? )

カイの指の感触を思い出して顔を紅潮させたあと、 胸にあるキスマークを見て表情を曇らせる。


糸 ( そして…… さっきはどうして、 途中でやめたの? )


糸 ( …… って、 朝だとか言いながら、 めちゃくちゃ期待してない? 私ってこんなにエロい人間だったっけ?! )


糸 「いや〜〜っ! 」

両手で顔を覆って恥ずかし(もだ)える。



◯ キッチン


マグカップにコーヒーを注いでいるカイ。

バスルームから響いてくる、 糸の「いや〜〜っ!」という叫び声を聞くと一旦手を止めるが、 ふふっと表情を緩めながら、 また作業を再開する。


カイ 「糸、 もっと悩んで」

ボソリと呟く。

両手にマグカップを持ってダイニングテーブルに運び、 コトリと置く。


カイ 「人がせっかく理性を保とうとしてるのに、 どんどん煽るから…… お仕置きだよ」


そして掃き出し窓をガラリと開けてベランダに出ると……


カイ 「うわぁ〜っ! 」

両手で頭を抱え、 叫び出す。


カイ ( なんなんだよっ! 俺ってこんなに理性が働かない人間だったっけ?! 我慢するって決心したんじゃなかったのかよ! 朝からなんでいきなりサカってるんだよ!)


カイ 「はあ〜っ…… こんなの生殺しだ。 糸…… 早く思い出して」


ふ〜っと深く息を吐いてから、 室内に戻って行った。


***


◯ ダイニング


テーブルを挟んで向かい合う2人。
テーブルの上にはセッティングされた2人分の朝食。

グラスに入ったオレンジジュース、 お揃いのマグカップにはコーヒー。
白いお皿に乗ったベーコンエッグ、 隣のお皿にはこんがり焼けたトースト。
お皿とお揃いの白いボウルに盛られた野菜サラダにはプチトマトが添えられている。


糸 「美味しそう! 本当にカイは何でも出来ちゃうんだね」

カイ 「糸、 今日は胸元の開いた服はマズいんじゃないかな? 」

糸 「えっ? 」

カイの視線を追って自分の胸元を見る。

今日の糸の服装は、 胸元がゆったりとした白い長袖カットソーに、 カーキ色の巻きスカート。

ざっくり開いた胸元からはキスマークが見えている。


糸 「あっ! 」

カイ 「まあ、 首のキスマークもあるから、 胸元だけを隠したって意味ないけどね」

そう言われて、 糸は拗ねた顔をして、 フォークでサラダのプチトマトを刺しながらチラッとカイを見る。


糸 「カイって…… 結構いじわる」

カイ 「知らなかった? 俺ってこんな人間だよ…… 糸が記憶をなくす前…… 2人で会ってた時は、 こんなだった」

糸 「ふっ…… ふ〜ん、 そうなんだ…… 」

糸 (マズい、 今一瞬、 記憶喪失のことを忘れてた)


糸 「それじゃあ以前の私たちは、 そんなにしょっちゅう2人で会って…… って言うか、 昨日の夜は…… 」


どさくさに紛れて、 さっきから気になっていた昨夜の顛末(てんまつ)について、 探りを入れてみる。


カイ 「昨日の夜? 」

カイがお皿にカチャリとフォークを置いて、 ジッと糸を見つめる。


カイ 「…… 知りたい? 」

糸 「…… はい」

カイ 「昨日は…… 最高だった」


糸 (えっ、 じゃあ、 やっぱり……! )


カイ 「俺の指と唇で糸が感じて、 可愛い声で鳴いて、 身体がビクンと跳ねて…… 」


糸 (うわっ、 うわぁ〜)

聞いているだけで恥ずかしくて身悶えする。
思わず目を逸らして俯く。


カイ 「糸が気を失ったあと、 取り残された俺は、 糸の身体をまじまじと観察して…… 堪能したよ」

糸 「堪能っ?! 」


カイ 「糸は自分のホクロの数って知ってる? 」
糸 「えっ、 ホクロ? 」

急に話題が変わってキョトンとしている糸にニコッと笑いかけ、

カイ 「左耳の後ろに1つ、 左胸の上に1つ、 右腕に1つ、 背中に1つ。 それからね…… 」


カイは糸が注目しているのをチラッと確かめてから、 勿体ぶってゆっくりと口を開いた。


カイ 「糸の恥ずかしいところにも、 1つ」

糸 「えっ?! 嘘っ!」

カイ 「自分じゃ気付いてなかったのかな? 俺は全部知ってるのに」


そう言うと、 カイは何ごとも無かったように食事を再開する。


糸 (えっ、 ホクロ? 全部知ってる? それってやっぱり、 私たちは………ええっ! 私の初めては、 記憶のないうちに終わっちゃったの?!)


呆然としている糸を尻目に、 カイは糸と目が合うとニッコリ微笑んで、 コーヒーを口にした。
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