死にたがりのブルース
午後20時50分。



「お待たせしました〜、生ビールです!」

そうだ、俺は真っ直ぐ帰る気になれず、会社を出てからひとり居酒屋で呑んでいたんだ。


養鶏場みたいな騒がしさと、焼き鳥の香ばしい香り。



運ばれてきたビールにゴクゴクと喉を鳴らす。


カウンター席横にかけられている伝票には、ビール数本と焼酎、おつまみの品名がチラホラと書かれていた。


「くそっ、いつもいつも課長は何で俺に目ぇ光らせてんだよ。一体誰のおかげで後輩が育ったと思ってんだ」


酒でぐらつく身体を揺らし、孤独な不満を漏らす。



カウンターの上に置いている携帯が振動し、誰かからの着信を知らせる。



伏せていたそれを手に取り画面を確認すると、電話は恋人の優子からだった。



「……もしもし」


「あ、智くん? 今どこにいるの? 会社?」


「あー、うん。まぁ、そうだけど」


悪い毒に犯された脳内では、いつもは愛しいはずの彼女の声にも苛立ちを感じてしまっていて。



「そうなんだ……。私、あなたの家で帰りを待ってるんだけど……出来るだけ早く帰って来れそうにないかな?」



渡した合鍵を使って新妻のように振る舞う優子を、鬱陶しいなんて思ってしまった。
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