死にたがりのブルース
20時50分。



チクタクと静かに時を刻む時計の針の音だけが、部屋に響く。


「いくら何でも、遅すぎるよね……。何かあったのかな」


そう呟き、パタパタと自分のカバンから携帯を取り出すと、画面を操作し電話を掛け始める。


その相手は…………


「……もしもし」


居酒屋で飲んでいる、俺だ。


「あ、智くん? 今どこにいるの? 会社?」


「あー、うん。まぁ、そうだけど」



その言葉を聞き、チラリと目の前の豪華な夕食に目をやる彼女。


「そうなんだ……。私、あなたの家で帰りを待ってるんだけど……出来るだけ早く帰って来れそうにないかな?」


「悪い、今日は帰るの遅くなりそうなんだ。もし泊まるなら先に寝てて良いよ」




優子は切な気な笑みを浮かべ、瞳を閉じた。


「……分かった。気を付けて帰って来てね」



ピッ、と電話を切ると、皿の上にサランラップをかけ始める。




「温かいうちに、食べて欲しかったなぁ。まぁ、残業してるなら仕方ないよね。今日家に来ることも、智くんには秘密にしてたし」


やれやれ、と言った感じで既に冷めてしまった料理を冷蔵庫にしまってゆく。



「予想では、こんな筈じゃなかったのに」


ひとりぼっちの室内で、俺の帰りを待つ優子は誰を責めるわけでもなく、静かな苦笑いを浮かべていた。
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