冷徹御曹司と甘い夜を重ねたら、淫らに染め上げられました
私たちのほかにお客さんはふたりしかおらず、ピアノジャズがゆったりと流れていた。カウンターの隅にふたりで座って、どうにか安西部長は落ち着きを取り戻したみたいだった。

「私こそすみません。なんだか無理やりここへ連れて来てしまって……」

「いいんだ。あのまま部屋に戻っても、どうせ仕事なんか手につかなかっただろうし、お前が気晴らしに付き合ってくれて逆に助かった。ありがとうな」

素直にお礼を言われてなんだかこそばゆい。照れ隠しにカシスオレンジをひとくち飲んで、動揺を誤魔化す。

「あの、さっきの話ですけど……安西部長、佐々岡グループの社員だったんですか?」

さっき食事中に『遠慮なしにずかずか人の中に入ろうとするよな』と言われたばかりだというのに、私は彼の過去のことが気になって尋ねずにはいられなかった。けれど、安西部長は私に聞かれることをわかっていたみたいで、表情を変えずにただ「ああ」と気が抜けた返事をした。

「……本当だ。俺は十年前、佐々岡グループ本社の営業部にいた」

包み隠さず事実を口にしながら、安西部長は遠い目で近くのグラスをじっと見つめていた。

安西部長がライバル会社にいたことがショックというより、私は彼の切なそうな悲し気な表情に胸がキュッとなった。その原因となった佐々岡さんに怒りさえ覚える。

「私、佐々岡さん嫌いです。裏表のある人は信用できません。まさにあの人はそういうタイプって感じですよね」

「まぁ、大抵の人間は裏表があるだろ? けど、お前は特殊だな」

「え?」
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