不死身の俺を殺してくれ
起き抜けの状態で真っ直ぐ冷蔵庫に向かうと、昨日コンビニで買い置きしたミネラルウォーターを取り出して男に差し出す。
「あ。昨日、水を買っておいたんです。よければどうぞ」
「頂く」
そう言うと男は、さくらから渡されたミネラルウォーターを一口含み、途端に派手に吐き出す。
「……ゲホッ!」
「ひゃあ!? な、なんで!?」
「……すまない。水が傷口に滲みたんだ」
突然のことで心臓が止まるかと思った。確かに昨日の今日で傷が完全回復する訳は無いか。この男があまりにも平然としているから、怪我人だということを失念していた。
「床を汚してしまったな」
「だ、大丈夫ですよ。水だけですし……」
さくらは慌てて台所から、キッチンタオルを取り出すと水に濡れた床を拭く。その間にも男は大人しくさくらの動作を眺めていたが、やがてぽつりと疑問を口にした。
「……どうして、俺を助けた」
「え?」
さくらはタオルを握りしめたまま顔を上げると、目の前で『解せぬ』とでも言いたげな表情をしている男と目線が合う。
「……今は二月ですよ。あんな場所で凍死したら、どうするんですか……」
自分自身、戸惑っていた。咄嗟的にとはいえ、何故この男を助けてしまったのか。別に勝手に野垂れ死のうと私には関係ない。
なのに、何故。理由なんて解らない。答えられない。強いて言うなら、放っておけなかっただけかもしれない。
「変な女だな。見知らぬ男に節介を焼いて楽しいか?」
男は一層に眉間の皺を深くし問う。
「は? それが命の恩人に言う言葉ですか?」
いちいち言い方に刺があるのではないだろうか。沸点の低いさくらは少し喧嘩腰になる。
この男が少しは素直かと思っていたが、とんだ間違いだったようだ。
タオルを右手に握りしめたまま、さくらは残念そうに項垂れた。