不死身の俺を殺してくれ
「れんって、あの……目付きの鋭い人のことですか?」
「そう……。出て行ってから今日で三日目。でも、私の自業自得なのよ。こんなことになるのなら、隠さないで最初から全部言えば良かった……」
さくらは俯いたまま言葉を紡ぐ。呼吸が少し苦しく感じるのは、気道が狭まっているからだ。そう思いたかった。
本当は一日経てば、すぐに帰ってくると思っていた。でも、そんな思いも虚しく、煉は何日待ってみても帰っては来てくれなかった。
「さくらさん……」
「ごめんなさい。こんなこと聞かされたって、八重樫くんには迷惑でしかないわね。忘れて」
「待ってください。俺も探します。その煉って人を。だから、そんな顔しないでください」
少し無理をして顔を上げると、何故か八重樫くんも苦しそうに顔を歪めていた。
皆が言う、『そんな顔』ってどんな表情なのだろうか。私は今、そんなに酷い顔をしているのだろうか。
煉が帰って来ないだけで、こんなにも心が苦しくなって、不安に襲われるなんて思ってもいなかった。
もしかしたら、煉はもう帰っては来てくれないのかもしれない。
また何処かで怪我をして、道端で倒れてはいないだろうかと、そんなことを思い心配している自分がいる。
「何処を探せばいいのか、分からない……。煉は今、携帯を持ってないから」
「思い当たる場所はありませんか? お気に入りのお店や外の風景とか」
ほんの少しでも、どんなに些細な情報でも構わないという思いで、八重樫は突然失踪したという煉の行方に関する情報を求めるが、さくらは首を横に振るばかりで何も解らず仕舞いだった。
八重樫がどうしてこんなにも必死になり、恋敵を探そうと躍起になっているのか。本当ならば、ライバルが一人減ったという事実を喜ぶべきなのかもしれない。でも、素直に喜べないのが八重樫の心境だった。
その理由は本人が一番良く理解していた。勝ち逃げをされたような気分が胸を燻るのだ。正当な理由で勝てた訳ではないと知っているから。こんなのは、只の相手からのおこぼれに過ぎないと。
「そんなの分からないわ。私は……煉のこと、何も知らなかった。だから、もう探しようがないの」
「どうして、すぐに諦めるんですか。さくらさんにとって大切な人なんでしょう? なら、そんなに簡単に諦めるなんてことを言っては駄目です」
「大切な人だからよ。失ってから気付いたの。もう、手遅れよ。きっと、煉は戻らないわ」
さくらは自身の感情を捨てたように、すっかり諦念していた。その瞳は悲しみの暗い色に染まり揺れ動いている。意地でも泣くまいと、さくらは唇を真一文字にして滲み出そうになる涙を堪えていた。
「昼休み、終わっちゃうわね。この話はこれで終わり。何も聞かなかったことにして。……お疲れさま」
「俺、一人でも探しますから」
休憩室を出て行く、さくらの華奢な背中に八重樫はその言葉を投げ掛けた。