四つ子の計画書
「はにほれおいひい!(なにこれ美味しい!)」
実莉が口いっぱいにカレーを入れて、もぐもぐさせながら喋るものだから、思わず笑いが出た。
「まじで薬の味しかしねーな…。こんなもんを美味しそうに食えるお前が羨ましいよ」
「私も…、でも最近はちょっと慣れてきたかも」
薬の味は相変わらず嫌だし、美味しくはないけど…。
だけど、これを食べないと生きてはいけない。
ちゃんと食べなきゃ……。
もぐもぐとカレーを頬張っていると、実莉が完食し、手を会わせて挨拶をした。
「実莉、ご飯粒残ってるよ」
「えー、いいじゃんこれくらい!」
「だめ。ご飯粒残したら、バチが当たるんだよ?はい、あーん」
実莉のカレーが入っていた器から残っているご飯粒を、スープンですくって実莉の口へと入れた。
素直に口を開けて食べてくれる実莉は可愛い。
「今度こそ、ごちそうさまでした!」
「真莉って食事作法に厳しいやつなのか?」
「べ、別に厳しいってわけじゃないと思うけど……、
お父さんから小さい頃に色々注意されていたから、気を付けるようになっただけだよ」
「ふーん、礼儀がいいんだなお前の父さん」
「ふふっ、お父さんすごく優しくて……また会いたいなぁ」
「この施設から出れば会えるんじゃねーの?」
海斗くんの言葉に、カレーを乗せたスプーンを思わず止めた。
そして、海斗くんを見つめる。
「施設から…、出る?」
「おう、まだ秘密にしとく。だけど那奈ってやつは頭の回転がはえーし、しっかりしてるから早めに計画書とか作るんじゃねーの?」
「那奈ちゃん……?計画書…?い、一体なんのこと…?」
「ははっ、まだ秘密。早くここから出て、優しい父さんに会わないとな」
「あ……」
「ん、どうした?」
お父さんは亡くなっているから、もう二度と会うことが出来ない。
不治の病にかかって死んでいたこと…私はお父さんが死んだ3日後に知らされた。
あまりにも突然のことで、実莉と一緒に部屋で泣いていた。
あんなに優しかったお父さんが、出張先の仕事場で倒れ…死んだ。
結局、お父さんには何もしてあげられなかった。
親孝行だって、ありがとうの一言だって伝えられなかった。
ここまで育ててくれてありがとうって。
お父さんがよく私と実莉を外に出してくれて、公園で遊んでくれていた。
とても楽しかったなぁ……。
カチャン…。
手に持っていたスプーンが、床に落ちた時…ふと我に返った。
「……?あれ…皆どうしたの?」
いつの間にか、音子ちゃんと那奈ちゃんがいて、海斗くんと実莉が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「どうしたのじゃないよ…、さっきのは一体なに…?」
音子ちゃんが肩を震わせ、涙目で私を見つめる。
さっきの……?
お父さんのことを思い出していたら、いつの間にか我を忘れていて…。
音子ちゃんや那奈ちゃんが来ていたことに全く気がつかなかった。
「真莉…、お前はさっき…一体なにを見ていたんだ?」
那奈ちゃんの真剣な表情に、少し困惑する。
なにを見ていた…?
「え…別になにも……」
「…っ……ごめんね…ちょっと怖かった……」
ふらっと倒れた音子ちゃんを、咄嗟に受け止めた那奈ちゃん。
「え、音子ちゃんどうし……」
私が椅子から立ち上がり、音子ちゃんに近づこうとすると…、誰かに髪の毛を掴みあげられた。
「きゃっ!!」
「いやー、実に素晴らしい研究材料を発見出来ましたね。ふふっ……早速、解剖への道かな…♪」
研究員…!?
「い…たい……はな…してっ」
「離すわけないでしょ。せっかく捕らえたのに、逃げられちゃ困るし。ほら、言うこと聞きな」
「いや…っ」
「やめて!!真莉ちゃんを離して!!」
「退け」
「み…り………」
突き飛ばされた実莉は、壁にぶつかり、そのまま倒れ込んだ。
「お待ち下さい」
この声は…、福井くん?
「…梨乃様、この者を庇うつもりですか?いくらあなたでも、一般の研究材料のことを庇ったりすれば、梨乃様も解剖行きですよ」
「この者を庇うつもりはありません。ただ、解剖する前に少しお話がしたいのです」
「ほう?この者とお知り合いで?」
「いいえ。解剖される寸前の者とお話がしたかっただけです」
「…わかりました。5分だけ時間をあげます」
「っ……」
ドサッと乱暴におろされ、頭皮に激痛を感じる。
福井くんは私に近づくと、しゃがみこんで私の手を取った。
そのまま、私を立ち上がらせてくれる。
その時…
「走れ!!」
「え…、ひゃっ!?」
前からぶわっと風を感じ、周りの景色が勢い良く後ろに流れて行った。
福井くんが私の手を引き、大きな廊下を走っている。
迷路のようにいろんなところへと繋がっている廊下を、スイスイと曲がり、走っていく。
ここの施設を知り尽くしているの……?
私の黒髪が風で靡き、気になって後ろを見ると、研究員の人達が私と福井くんを追いかけてきていた。
手には、拳銃…!?
廊下の角を次々に曲がり、どこかへと向かっている福井くんに続いて走ることしかできなかった。