四つ子の計画書
ギイィ……。
「遅すぎる。これで急いだつもりか?」
研究室のドアを開けると、腕組みをして部屋にある大きな機械を蹴飛ばしながら那奈ちゃんはそう言った。
機械は明らかにぼろぼろで、壊れている。
那奈ちゃんが壊したのかな……?
そして、床に転がる死体のようなものに目が行った。
「那奈…この人達はどうしたの…?」
不安そうに訪ねる音子ちゃんに、那奈ちゃんは静かにこう言った。
「…真莉達が行った後、こいつらがすぐにここに入ってきた。この施設で、一番偉いやつの手下の研究員達だ」
「手下の研究員達って……、那奈…一体なにしたの!?殺してなんかないよね!?」
「別に、武器もなにも持ってないし、海斗や彼方みたいに空手習ってないのに…殺せると思うか、音子?」
淡々と告げる那奈ちゃんに、少し冷静を取り戻した気がする。
「殺してないなら…、どうして機械が壊れているの?」
「暇だったから壊した。ただそれだけ」
「なっ…」
「これから脱出するってのに、こんな機械…必要無いだろ。なんなら、壊しておいたほうが身のためだと思うけど?」
「那奈ちゃん……、一体どうしちゃったの…?怖いよ」
実莉が体を震わせ、少し顔色を悪くして言った。
「怖いって……、いつもと違う?」
きょとんとした表情で言う那奈ちゃんに、私は気がついた。
自覚をしていないってことは…無意識。
確かに、今の那奈ちゃんはいつもと違うしちょっと怖い。
だけど、自覚がなくて無意識にそれが出ているってことは…きっとこれが本当の那奈ちゃんだ。
何かが理由で、それを隠していたけど…その必要がなくなったかなにか。
でも、これだけは分かる。
いつもと違うし…怖くても那奈ちゃんは那奈ちゃんだ。
これ以上なにかを問う必要も無い。
「いつもと違うよ。けど…、私は気にしない。那奈ちゃんは那奈ちゃんだもん」
「真莉…。ごめんな、私……いつからこんな性格になったんだろ」
頭に手を当てて、珍しく不安そうな顔をする那奈ちゃん。
「昔はそんな口調でも…頭も良くなかったのにね」
寂しそうに微笑む音子ちゃんを見て、那奈ちゃんは…はっと何かに気がつく。
そして、俯くと…「ごめん」と呟いた。
「…ここから中に入れる。長い階段が続いてそうだから、慎重にな。あと……誰かここに残っていてほしい」
「え、どうして?」
私が聞くと、那奈ちゃんは倒れたままの研究員を指差した。
「あいつらは死んでいない。私が腹を殴って気絶させただけだからな。つまり…」
「いつかは目を覚ます…、ってことね」
「あぁ、そういうことだ」
遥さんの言葉に頷いた那奈ちゃんは、視線を私達に戻した。
「真莉達には言ったが、ここから先は更に死の覚悟をしなくちゃいけない。あまりにも危険すぎるし、今私達についている特殊能力を有効活用しないといけないんだ」
「特殊能力の有効活用…?」
遥さんはそう呟いて、自分の耳にそっと触れた。
それを見て、私は指先で目元に触れる。
「よく考えてみろ。目で見たものを完全に記憶するのと、耳で聞いたものを完全に記憶するのは…便利でもあるし時には不便なときもある。
研究員は必ずそれを利用して追い詰めてくると思う。その覚悟も必要だ」
「確かに、そうだな…。俺達の『視覚完全記憶能力』も、見たくないものも覚えてしまう」
「そういうことだ。とりあえず、伝えることは伝えたからな。一番の目的は福井の救出だ。ここに残って見張るやつを決めたらすぐに行こう」
「じゃ、俺が見張っておく。」
そう言って、ドア近くの壁にもたれて座った海斗くん。
「俺は空手習ってたし、自分の身もちゃんと守れるからな。お前らが死んだら天国で恨むけど」
「…海斗」
「いいんだ。早くいけ」
海斗くんは彼方くんの言葉を遮るように言った。
「海斗、ありがとう。皆…行くぞ 」
那奈ちゃんは隠し扉の中を覗くと、片足からそっと入り…中へ消えていった。
続々と皆が入っていく。
そして、私も福井くんを助けるために…隠し扉の中へと入っていった。