四つ子の計画書
生えていた木や雑草は燃やされ、全て無くなっていた。
そして、とんでもない異臭。
私は急いで奥に行くと、そこで言葉を失った。
彼方くんが、遥さんを守るように抱き締めて…血を流して倒れていた。
そして、その隣には誰のものでもないちぎれた右腕。
うさぎのぬいぐるみと同じ……。
この腕……、もしかして。
更に奥で倒れている実莉に駆け寄ると、その右腕はなくなり、髪の毛は多く散っていた。
すぐそばにいたおかっぱ頭の女の子が身代わりになったからか、まだ生きていた。
「実莉!!実莉!!」
駆け寄って抱き寄せると、実莉は柔らかく笑った。
「……真莉ちゃん…、目的……ちゃんと果たせたよ」
「なにいってるの……、早く……止血しなきゃ実莉が死んじゃうよ」
「ううん…いいの。真莉ちゃんには言ってなかったけど……私……本当はね、真莉ちゃんを守るためにこの脱出計画に……賛成したんだよ」
「え……、どういう…こと?」
「私…、本当は脱出計画なんて嫌いだった。賛成してここから出ようなんて考えなかったの。それはね……、柚希ちゃんにスマホであのニュースを見せてもらったときからの…『死にたい』っていう気持ちのせいだから…。」
「どうして……っ…死にたいなんて言っちゃだめだよ!!」
「だけど……、那奈ちゃんに言われたの。真莉ちゃんを守るために参加してほしいって…、真莉ちゃんはお父さんに会うためにここから出たいんだって……。それならいいなって思えた…大好きな真莉ちゃんを守って死ねるなら、きっと後悔はしないから…」
「実莉のバカ!!そんなことしても私は許さないから!死ぬなんて許さない!!実莉が言ったんだよ!?ここから一緒に出ようって!それを嘘にしないでよ!!」
「真莉ちゃん……、もう勝手に落ち込んだり悩み事をひとりで抱えこんでちゃ駄目だからね…?天国で心配しちゃうから…」
「実莉…?何、言ってるの?」
「ありがとう……、福井さんを助けてあげてね」
スッと閉じられた目。
ぱたっと落ちた左腕。
「実莉…?実莉!!死んじゃだめだよ!実莉!!目を開けてよ!!」
涙が溢れだして、実莉に落ちていく。
嘘でしょう……。
私をひとりにしないで…よ
実莉……。
私はゆっくりとその場から立ち上がると、実莉を床におろした。
振り返った先には、水槽ボトルの隣で立って笑っている西山小波。
床で倒れている梨乃くんを持ち上げて、出入口に向かおうとする西山小波の前に立った。
「長田真莉…、お前は永遠に裏切り者の存在だ。妹を死なせたのはお前だ……ふふっ。
お前が自分を殺す選択をすればこんなことにはならなかったのにな。
長田真莉、お前はただの役立たずに過ぎないんだな…?」
その言葉は、胸に突き刺さるも深く入ってくることはなかった。
多分、自分がよくわかっているから。
お母さんに裏切り者って言われたのも…全部。
「…確かに、私は那奈ちゃんみたいに頭は良くないし、海斗くんや彼方くんみたいに強くない。実莉みたいに明るく振る舞えないし、音子ちゃんみたいに誰かを守ろうとか考えることが出来ない。
でも……、もう忘れたくない。絶対に。」
気がつくと私の周りに靄が出来ていて、床に落ちているガラスの破片に映っている自分を見ると…瞳はペリドット色に変化していた。
少し驚いたけど……私は視線を西山小波に戻す。
「今日のこの景色は絶対に忘れない。例え誰かが私の記憶を消したとしても、絶対に」
ドンッ!!
「かはっ…!」
西山小波は上からハンマーで殴られ、血を流して倒れた。
私は梨乃くんの体を慌てて支える。
「本当……、バカだよね。どいつもこいつも」
彼方くんは遥さんの体を支えながらそう言うと、ハンマーを床に落としてそのまま倒れた。
「彼方くん!!遥さん!!」
梨乃くんをそっと床に寝かせると、二人に駆け寄った。
爆発に巻き込まれた衝撃で、彼方くんには右足がなかった。
おまけに、腹部は皮膚がちぎれ、中身が全て丸見えだ。
遥さんは彼方くんに守られていたからか、撃たれた傷以外目立つ外傷はなかった。
「彼方くん……、彼方くん」
「…真莉にさ、いくつかお願いがあるんだけど」
「え…?」
「……必ず…こんなゴミみたいな施設を脱出して…僕と遥の分まで生きてほしい」
「え……、なにいってるの…!」
「あと……、誰だっけ…助けにきた人」
「福井くんのこと…?」
「あー……そうそれ。そいつと仲良くね…」
彼方くんの息が荒くなってきてる。
喋るのもかなりつらいはずなのに、私から視線を外さずに血が流れてくる口を開き続ける。
「那奈はさ……、音子と違って不器用だし……暗いし…静かなところ…が……好むような……やつ、だけど」
「彼方くん…、もう喋らないで」
「那奈ってさ……可愛いんだよ。それに……ああ見えて…色々1人で抱え込んでるから……そばにいてやってよ」
「っ……彼方くん」
「それと、最後…。
海斗を……、よろしくね」
小さく微笑んで、スッと目を閉じた彼方くん。
力が抜けて、右手がぽとっと落ちる。
「彼方く……っ……、彼方くんっ!!」
「もう……、真莉ちゃんは泣き虫だよね…?」
「!遥さん!!」
彼方くんの隣に座り、彼方くんの左手を右手で握った。
「私……、嬉しかった。彼方とまた会うことが出来て……、もう会えないと思ってたからっ…」
ぽろぽろと溢れ出した涙に目もくれず、こつん…と彼方くんに頭を合わせる。
「真莉ちゃん、私を助けてくれてありがとう……。彼方が…真莉ちゃんに託した願い…私からのお願いでもあるの…っ……お願い、真莉ちゃん……」
「遥さんっ……はい……絶対に願いを叶えます…っ」
「三人とも!!」
背後から声が聞こえて振り返ると、那奈ちゃんと音子ちゃん……海斗くんが走ってきていた。
「彼方!?お前…っ!」
海斗くんは彼方くんに触れると、そのまま涙を流した。
「海斗…、久しぶり。……あぁ、せっかく会えたのに…また会えなくなっちゃうね…」
「遥……か!?なんで、お前!!」
やっぱり、海斗くんと彼方くん…遥さんは昔の友達かなにかなのだろう。
「真莉ちゃん……?実莉ちゃんを絶対に助けてあげてね…」
「っ!!」
遥さんはにこっと笑顔を向けると、笑顔を崩さずに目を閉じた。
ジャラ……。
「…?これ…」
遥さんの手から落ちたチェーンのついた鍵。
ちょうど首にかけられるくらいの長さだった。
「なんでこれを遥が…?」
海斗くんと那奈ちゃんは顔を見合わせて驚いている。
「これ……、ここの施設で唯一大事にされていた鍵だ。これを使えば脱出出来る」
「いやぁ、凄かったね。皆…死んじゃったけど」
そう言って微笑んだおかっぱ頭の女の子。
「んだよ…、死体の山が綺麗とか言いたいのか!?」
「そんなこと言わないよ~。いくら私でも…そんなこと言えるくらいの余裕なんて今ないし」
女の子は私の背後に歩いていき、倒れている実莉を抱き起こす。
「ん…?この子……」
「やめて…実莉に触らないで」
女の子の腕を掴み、その子を睨み付けた私。
「…ごめんね。この子……まだ生きてるよ。このまま行けば命だけは助かるかもしれない」
「え…本当!?」
実莉が……まだ生きてる…?
「私の力を特別に働かせてあげるから。早く行きなよ」
女の子は目の色を綺麗な青色に変化させると、梨乃くんを抱き上げて私のそばに置いた。
「…真莉ちゃん、弟をよろしくね。助けにきてくれてありがとう」
「弟……?…あっ!!あなた、まさか…!」
梨乃くんの双子の姉の…『由紀』さんだ。
由紀さんは梨乃くんそっくりの笑顔を向けると、歩いて西山小波の死体へ近づいていった。
「再度爆発まであと約20分。それまでに逃げてね」
由紀さんはそれだけ言うと、西山小波を抱え上げて奥へと消えていった。