四つ子の計画書
「ん…」
出入口付近で、海斗くんは梨乃くんを床におろした。
おぶったまま走っていたため、相当体力が奪われたのかもしれない。
「ふーっ……爆発音がちょこちょこ鳴ってるな…。」
海斗くんが視線を向けた先には、研究室の向こう側。
赤い炎が高く上がり、施設を燃やしていく。
だけど、不思議だった。
炎がこっちにまできて、死んでしまうかもしれないのに。
なぜだか、怖くない。
それはきっと、皆と一緒にいるからだと思う。
「外に出たら……、どこに行けばいいんだろう?」
ふと口にしたその言葉。
音子ちゃんは反応して、少し考えるような素振りを見せた。
「うーん…自分の家に戻るのもなんだか気まずいよね…。養護施設とかに行って里親に引き取られるとか…?」
「うっわ、そんなの無理無理。この年齢で引き取ってもらえる確率なんて低すぎだろ」
「だったら、自分たちで暮らすの?それすら無理だよ。まだ高校生でもないし、アルバイトだってできないんだから」
「それじゃあ…一体どうすればいいんだろうね?」
カタンッ
私が言葉を発した途端、足元から物音がした。
視線を向けると、そこで目を見開く。
梨乃くんの目が、うっすらと開いていた。
「梨乃くん!」
しゃがみこんで、腕を掴むと名を呼んだ。
「あ!目が覚めた!?」
音子ちゃんも反応して、笑顔で梨乃くんに顔を向ける。
「ん……、真莉と…水野さん…?」
梨乃くんの声を久しぶりに聞いた。
とても切なくて、涙が出そう。
「梨乃くん…もうすぐで外だよ。一緒にこの施設から脱出…」
「無理だ」
「え?」
返事をしたのは、梨乃くんではない。
海斗くんだ。
海斗くんはなにか怒ったような表情を向けて、梨乃くんと同じ目線にしゃがみこんだ。
そして……、
パンッ!!!
「っ!!」
「ちょっと…!なにして…っ」
海斗くんは、右手で梨乃くんの頬を平手打ちした。
「お前さあ…、特別研究材料だかなんだか知らねーけど……。俺の大切な友達の臓器を売買するとか勝手に決めんなよ!!」
ゴスッ!!という音がして、海斗くんは梨乃くんの腹部を蹴った。
「やめて!!」
海斗くんの両腕を掴み、慌てて止めた。
「なんか言えよ。どうせ、真莉や実莉に優しくするフリをして本当はそれが目的だったんだろ!?」
海斗くんの怒鳴り声に、少し肩が震えた。
違う、梨乃くんはそんな人なんかじゃない。
そんな悪い人なんかじゃないよ。
そう言いたいのに、声が出ない。
「その通りって…言ったらどうするの?」
梨乃くんの返答に私だけじゃなく、音子ちゃんや那奈ちゃん…海斗くんが顔を真っ青にさせた。
「だけど…、その通りという言葉は出てこないよ。桧山くんの言ってることには正解と不正解があるから」
「正解と不正解…?」
「…確かに、研究員に真莉や妹さんの臓器を売買しろと命令はした。」
「ほら、やっぱりな」
「そんな…っ」
力が抜けて、倒れそうになったのを海斗くんが支えてくれた。
ゆっくりと床に座り込む。
「だけど…、本当に臓器を売買させるつもりはなかった。」
梨乃くんが呟いた言葉に、頭の上にははてなマークが浮かぶ。
「どういうこと…?」
「解剖されてから…、臓器を買う人に渡すってことだよね?」
「ここの施設にいる双子の臓器を売買するってことは、もちろん買う人がいる。だけど…臓器を取り出すのは通常とは別なんだ。
買う人のところで、解剖してそのまま臓器を売る。」
「…てことは…、この施設から出る瞬間があったってこと?」
「あ…」
そうか、そういうことだったんだ。
つまりは、この施設の研究室で解剖してから臓器を売りに行くんじゃなく、施設の外の購入者の元へ行ってから解剖するということ。
だけど…それじゃ解剖されることに違いはないんじゃ…?
「解剖はここの研究員じゃなくて購入者がする。必要な臓器を取り出してね。
実は、その購入者と僕は親しい仲で…研究員が去った後に真莉や実莉を解剖せず、そこに置いてほしいと頼み込んだ。だから…、臓器を売買するっていうのは表向きの話でしかなかった」
「…私達が解剖されて死なないように…助けてくれようとしてたってこと…?」
表向きは臓器を売買……。
裏向きは、私と実莉をこの施設から出して、死なせないようにするため。
私達を助けようとしてくれていた……。
「……悪かった、殴ったりして」
海斗くんは再びしゃがみこむと、梨乃くんの服を整えた。
「いいよ、別に…慣れてるから。僕も、なにも言わずに勝手に決めてごめんね」
「ううん……、助けようとしてくれてありがとう」
私がそう言うと、梨乃くんは安心したように微笑んだ。
私は、視線を海斗くんに向ける。
「海斗くん、皆で脱出したいの。だめ?」
爆発してこの施設が崩れるまで残り時間は少ない。
一緒に、皆で脱出したい。
「…いいよ、皆で脱出しようぜ」
「よし!そうと決まれば早く行こうよ!出入口はすぐそこだよ!」
「海斗くんありがとう!梨乃くん、行こう!」
私が梨乃くんの手を握ろうとすると、反対に握られた。
「行こう、真莉」
出入口の扉の前までくると、南京錠がかけられていることに気がついた。
「これ、どうする?」
「ハンマーでぶっ壊すか」
「待って、鍵あるから」
南京錠を壊そうとする那奈ちゃんと音子ちゃんを止めて、ポケットから古そうな鍵を取り出した。
遥さんが握っていたもの…。
南京錠に差し込んで、回すと……。
ガチャッ
「開いた!」
ギイィ…という軋む音がして、扉が開いた。
そして、目の前には広い草原。
「外だ!久しぶりー!」
音子ちゃんと那奈ちゃんは外に出ると、綺麗な空気を思い切り吸った。
海斗くんは施設の中をもう一度見つめると、少し微笑んだ。
「彼方と遥の分も生きなきゃな」
そう呟いた海斗くんは、音子ちゃん達のあとを追っていった。
「真莉」
「梨乃くん…?」
隣にいる梨乃くんは、久しぶりに見る真剣な表情をしていた。
「いくつか、真莉に言わなきゃいけないことがある。よく聞いて?」
「…うん」
少し不安だったけど、梨乃くんの話は聞きたい。
梨乃くんに向き合い、彼の声に耳を傾けた。