四つ子の計画書



「え……?な、んて…?」





はっきりと聞こえたよ、だけど。



嘘だと思いたかったから…。



「まだやらなきゃいけないことが残ってるんだ。だから、僕はここに残る。真莉と一緒には行けない」




「どうして……一緒に行こうよ…!一緒に……脱出したいよ…っ」




「…ねぇ、真莉。脱出計画の中に僕が入っていたと思う?」




「……っ」





確かに、脱出計画の実行するときに梨乃くんも一緒に脱出したいとは誰も言わなかった。





ただ、梨乃くんを助けにいくよ、と……。





「ね?…思い当たる筋があるでしょ」





「ない…そんなの無い!」





「嘘は良くない」






「思い当たる筋があっても……っ、私は梨乃くんと一緒に行く。梨乃くんがここに残るなら私も残るもん」





「…だめだよ。あの人に怒られちゃう」





「あの人…?」







「僕が残らないと……、あの人はきっと悲しむから。あの人をもう悲しませるわけにはいかないんだよ。涙は見たくない」





「なんで……」





「それに、あの人の手伝いもしなくちゃならない」





「手伝いって…?」





「…僕ははっきりとは見ていないけど、母さんは死んだでしょう?」




「お母さ……。…!!」





「あんな人でも、僕を生んでくれて、育ててくれた母親なんだ。最期は見届けないとね」





梨乃くんは微笑んだ後、私の手をぎゅっと握って…施設の奥を見た。





「施設が爆発するまで、約8分だ。早く行きな、真莉」





「いやだ!!梨乃くんを置いていけない…!!」




自分でもむちゃくちゃなことを言っているのはわかっている。




だけど、梨乃くんは私の大切な人だから。




もし、ここで梨乃くんは死ぬというのなら放っておくわけにはいかない。




「…真莉」




「また会える?会えるよね…?じゃなきゃ私……、せっかく思い出したのに…っ」




涙が流れて、鼻がつんとなる。




「…泣かないで。大丈夫だよ、不安がらなくても」



指先で私の涙を優しく拭ってくれた梨乃くん。






「また会おう。約束するから」




「絶対…?」





「うん。絶対に」





小指を絡めて、約束の指切りをした。





そして、梨乃くんは向こう側に私と手を握っている方を差し出す。





「行きな。皆のところに」




「…っ……ぅ…」





これでもかというくらいの涙が溢れて、私は重い足を動かした。





「梨乃くん……」




「うん?」





「ありがとう…っ、また、ね」





泣き笑いの顔でそう言い、私は歩き出す。





そして、握っていた手が……パシッ…という音を立てて離れる。




そして、私は力を振り絞って走り出した。





振り向こうと何度も首を動かしたけど、私にはできなかった。





戻りたいと思ってしまうから…梨乃くんのところへ行ってしまう気がしたから。




黒かった色から…『視覚完全記憶能力』のペリドット色の瞳から溢れる涙は、風で後ろの方へと飛んでいった。





ジャラジャラと、首元のペンダントが音を立てる。




地面が刷れていき、何度も躓きそうになった。





「……忘れない…っ、忘れたくないよ」




呟いた言葉は神様に届くでしょうか。





天国の双子皆に届いたでしょうか…?




笑顔で空を見たかったのに、涙でぼろぼろだ。




泣いてばかりでごめんなさい。





でも、今だけは許して。





泣いた分、強くなるっていうでしょ…?




強くなるために涙を流すから…。




敷地の外に出る直前、私は梨乃くんがくれたペンダントを握った。




震える手で掴み、それをゆっくりと開く。





中には小さな写真が貼ってあった。






嬉しそうに笑う四人。






男女の大人に、小さな瓜二つの顔をした女の子が二人。





それがなにかを理解した途端、しゃがみこんで、泣き叫んだ。




久しぶりに見たこの姿。






懐かしい写真。





これは……、私と実莉、私のお母さんとお父さんだ。




小学校の入学式で、先生にカメラを持ってもらい…撮った写真。




幸せそうな笑顔。





大好きだった父と母が写真の中にいる。




「うあぁっ!!___。」






『みてみてー!せーふく!似合うー?』




『ふふっ、似合ってるわよ。ほら、お父さんにもその姿を見せてあげなさい』





『うんっ!お父さん!せーふく、似合う?』





『おー!本当に可愛いなー二人とも!モデルさんみたいだ!』




『もでるさんだってー!きゃははっ』




『良かったわね、真莉?』




『真莉、お父さんと手を繋いでいこうか?』





『あー!ずるい!実莉も!』




『ははっ、じゃあ三人で手を繋いでいこう!』




『やったー!』





入学式の朝、家で確かにそんな会話をした。





自分でもよく覚えていると思う。




だって、それがお父さんとの最後の会話だったから……。




お父さんは次の日から突然姿を消して、全然見なくなった。




お母さんは、いつも出張と言っていたけど…きっと違ったんだ。




本当は出張になんか行っていなかった。





お父さんとは、数年間会うことができなかった。




会えたのは、それから4年後。




変わり果てた姿のお父さんを見たとき、私は言葉を失っていた。





お父さんと会話をすることなんてできなかった。




お父さんは亡くなったから……。




「お父さん……、お母さんはそっちにいっちゃった…?」





涙を拭い、綺麗な夕焼けに向かって問いかける。





「お父さん……お母さんありがとう…。大好きだよ」





ゆっくりと立ち上がり、私は走り出した。





敷地を出てすぐに、後ろを振り返る。









だけど……。












さっきまでいた施設や建物なんて…そこにはなかった。








一面に広がる草原に、私はペリドット色の瞳を向けていた___。






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