メガネ王子に翻弄されて
第十二章

〇ゆり子のマンション・リビング(夜)
テーブルの上に、望月からもらったアロマキャンドルが灯る。

× × ×
望月「でもこれだけは信じてください。俺は好きな人にしかキスしません」
× × ×
望月の言葉を思い返すゆり子。

ゆり子(望月くんは私のことが好きなの?)
膝を抱えて、アロマキャンドルを見つめる。

ゆり子(じゃあ私は? 私は望月くんのことが好き?)
職場での望月の姿を思い浮かべる。

ゆり子(彼はイケメンだし、仕事もできる。それにキスも嫌じゃなかった……)
望月と交わしたキスが脳裏に浮かび上がり、顔が火照り出す。

ゆり子(でも私、年上だしな……。私のどこがいいんだろう)
パタンと体を倒す。

ゆり子(野口さんとは付き合ってないって言うけど、彼女のほうが若いし、かわいいし……)
クッションを胸に抱えて悶々とする。

ゆり子(それに野口さんと結婚すれば次期社長候補になれる……)
勢いよく体を起こす。

ゆり子(ああ、私、望月くんに翻弄されてる!)
と、頭を抱える。

〇野口不動産・開発事業部オフィス(朝)
ドアを開けてオフィスに入るゆり子。

望月「おはようございます」
にこやかに微笑む望月を前に、足が止まる。

ゆり子(平常心、平常心)

ゆり子「おはようございます」
笑顔でデスクに向かい、始業の準備に取りかかる。

望月「俺、香山さんを独占できるこの時間が好きです」
ゆり子「……っ!」

ゆり子(朝からそんな甘いことを言うなんて!)
デスクに頬杖をついて微笑む望月を見たゆり子の胸が、トクンと跳ね上がる。

望月「でも、そろそろご褒美タイムも終わりかな」
姿勢を正すと、ドアがカチャリと開く。

橘「おはようございます!」
いつものように元気に挨拶。

ゆり子と望月「おはよう」
橘に挨拶したゆり子と望月が、短く視線を合わせて微笑む。

〇同・開発事業部オフィス(夕)
部長「野口さん。これよろしく」
あかね「あ、はい」

あかねのデスクに部長が書類を置いたことに気がついたゆり子が時計を見る。
時刻は午後五時三十分。

ゆり子(そうか。部長がこの時間に書類を返却してくるから、残業になるんだ)
イスから立ち上がり、席に戻る部長を追う。

ゆり子「部長! 決裁が終わった書類は今後、私に戻してください。できればもっと早い時間にいただけると助かります」
部長「は、はい」
ゆり子の勢いに圧倒された部長が、コクリとうなずく。

ゆり子(これで野口さんから定時間際に書類を渡されることはない!)
笑みを浮かべてデスクに戻る。

〇野口不動産・開発事業部オフィス(朝)
出社するゆり子

〇同・食堂(昼休み)
市原と向き合ってランチをとるゆり子。

〇同・開発事業部オフィス(昼休み)
ランチを終えたゆり子がオフィスに戻る。

午後の始業開始まであと十分。
望月とあかねはまだ戻って来てない。

橘「香山さん。五月の最終土曜日にラッキーランドに行きませんか?」
ゆり子「えっ? 急にどうしたの?」
驚きながら橘を見る。

橘「妹が先週、彼氏とラッキーランドに行ったんです」
ゆり子「うん。それで?」

橘「だから俺も行きたいなぁと思って」
と、モジモジ。
ゆり子「行けばいいじゃない。彼女と」

橘「彼女がいたら香山さんを誘ったりしませんよ」
ゆり子「それもそうだね」
と、笑う。

橘「俺、幹事やるんで。香山さんは参加でいいですね?」
ゆり子「いいけど……。幹事って?」

橘「開発事業部の全員に声をかけるつもりです。大勢で行ったほうが盛り上がるし」
ゆり子「そっか。がんばってね」
橘「任せてください」
胸を叩く橘を見て微笑むゆり子。

ドアがカチャリと開き、望月がオフィスに入ってくる。

橘「望月チーフ。今月末にみんなでラッキーランドに行きませんか?」
望月「みんなって?」
と、席に着く。

橘「開発事業部のメンバーです。まだ香山さんにしか声をかけてないんですけど」

視線をゆっくりとゆり子に向ける望月。

望月「……香山さんは参加ですか?」
ゆり子「うん。行く」
と、うなずく。

望月「俺も参加で」
橘「了解です! あっ、鈴木マネージャー!」
と、鈴木のもとに向かう。

ゆり子「……」
望月「……」
見つめ合いながら、こっそり微笑む。

〇同・開発事業部オフィス(午後)
パソコンに向き合っているゆり子の前の電話に外線の呼び出し音が鳴る。

ゆり子「お電話ありがとうございます。野口不動産開発事業部、香山でございます」
江藤『お世話になります。青木建設の江藤です』

ゆり子「江藤部長! お久しぶりです」
目を丸くするゆり子。
江藤『お久しぶりです。お元気でしたか?』

ゆり子「はい。江藤部長はまだイギリスですか?」
江藤『いえ、先日帰国しました。それで急で申し訳なのですが、今夜会えないでしょうか』

ゆり子「はい。大丈夫です」
江藤『それなら午後六時三十分に、東京プリマホテルのラウンジで待ち合わせましょう』

ゆり子「承知いたしました」
江藤『では、のちほど』
ゆり子「はい。失礼します」
と、受話器を置く。

〇同・開発事業部オフィス(夕)
あかね「お先に失礼します」
望月と橘「お疲れさまです」
定時と同時にオフィスをあとにするあかね。

ゆり子「お先に失礼します」
望月と橘「お疲れさまです」
あかねに続き、オフィスをあとにするゆり子。

パタンとドアが閉まる。

橘「香山さんが定時ピッタリに上がるなんて珍しいですね」
と、閉まったドアを見つめる。
望月「……」

橘「江藤部長って青木建設の江藤部長ですよね」
望月「……」
橘「イギリスって言ってたけど、なんなんでしょうね」
望月「……」

一方的に話す橘を無視し続ける望月。

橘「じゃあ俺も、お先に失礼します」
望月「お疲れさま」
橘がオフィスから出て行き、ドアがパタンと閉まる。

望月「……」
苛立ちながら叩いたエンターキーの音が、オフィスに響く。

〇東京プリマホテル・外観(夜)

〇同・ラウンジ
本を片手にコーヒーを飲む江藤が、視界の端に映り込んだパンプスに気づき顔を上げる。

ゆり子「江藤部長、おかえりなさい」
江藤「ただいま」
微笑み合うゆり子と江藤。

パタンと本を閉じてソファから立ち上がった江藤が、ゆり子の腰に手を回す。

江藤「久しぶりに会えてうれしいです。行きましょうか」
ゆり子「はい」

江藤にエスコートされながらラウンジを出る。

〇同・フレンチレストラン
キャンドルが灯るテーブル席に向き合って座るゆり子と江藤。

江藤が手際よくオーダーを済ませる。
店員「かしこまりました」
と、メニューを下げる。

江藤「これ、お土産です」
江藤がテーブルの上に紙袋を置く。

江藤「紅茶です」
ゆり子「ありがとうございます」
と、微笑む。

ゆり子「イギリスはいかがでしたか?」
江藤「時差ボケがひどくて、ちょっと大変でした」
と、笑う。

ワインを飲み、フランス料理を堪能しながら、イギリスの話を聞くゆり子。
笑い合い、楽しいひと時があっという間に過ぎる。

〇同・フレンチレストラン外
ゆり子「ごちそうさでした」
江藤「いいえ。お口に合いましたか?」
ゆり子「はい。とてもおいしかったです」
と、微笑みエレベーターに乗る。

〇同・エレベーター内
江藤が三十四回のボタンを押す。

ゆり子「えっ?」
一階に降りて帰るつもりでいたゆり子が驚く。

江藤「バーで飲み直しましょう」
ゆり子を見つめて微笑む。

腕時計に視線を落とすゆり子。時刻は午後八時四十五分。

ゆり子(遅い時間じゃないし、少しだけならいいか)

ゆり子「はい」
と、うなずく。

〇同・バー
窓際の席でカクテルを飲む、ゆり子と江藤。

江藤「実は十月にイギリスに赴任することが決まりそうなんです」
ゆり子「えっ、そうなんですか」
江藤「ええ。今回の出張は赴任の下見も兼ねてのことだったのですが」
と、ゆり子を真っ直ぐ見つめる。

江藤「香山さん。私と結婚を前提にお付き合いしていただけませんか?」
ゆり子「……?」
キョトンとするゆり子。

江藤「私のパートナーとしてイギリスについてきてほしい」
ゆり子「……えっ!」
驚いた声が辺りに響き、慌てて口に手をあてるゆり子。

ゆり子(ど、ど、どうして私? だって江藤部長と会うのは今回が三回目で、お互いのことはほとんど知らないのに……)
頭をグルグルと悩ませる。

江藤「今日はとても有意義な時間を過ごせたし、あなたの食事のマナーもよかった。そしてなによりあなたは綺麗だ。私の妻になるのに申し分ない」
ゆり子「……」

熱く語る江藤をじっと見つめながら、彼の隣でウエディングドレスを身にまとった自分の姿を思い描いてみても、うまく想像できない。

ゆり子(結婚に対して漠然とした憧れはあるけれど、ともに支え合って生きていきたいのはこの人じゃない。それにこの人は私を求めているのではなく、海外赴任についていく従順な奥さんがほしいだけだ)

ゆり子「申し訳ありません」
頭を下げる。

江藤「前に結婚の予定もないし、相手もいないって言ってましたよね? あれは嘘だったんですか?」
ゆり子「嘘じゃありません」
江藤「だったらどうして……」

ゆり子「……好きな人がいるんです」
望月の顔が頭に浮かぶ。

江藤「……そういうことですか。それなら仕方ないですね」
と、ため息をつく。
ゆり子「本当にすみません」
再び頭を下げる。

江藤「いえ……。運命のパートナーに巡り合えたと思ったのですが、どうやら私の勘違いだったようだ。失礼しました」
ゆり子「……」
苛立ちを隠さない江藤に萎縮するゆり子。

江藤「あ、野口不動産さんとは今後も変わらずお付き合いさせていただきますので、ご安心ください」
ゆり子「ありがとうございます」
と、深く頭を下げる。

江藤「では、私はこれで」
と、立ち上がり、一万円札をテーブルの上に置く。

ゆり子「……っ!」
江藤が置いた一万円札に手を伸ばす。

ゆり子(ここで返しても、受け取るわけないか……)
伸ばした手を引っ込めると立ち上がり、バーを出て行く江藤の後ろ姿に頭を下げる。

〇ゆり子のマンション前
うつむきながらトボトボと足を進めるゆり子が、エントランスに入る。

〇ゆり子のマンション・エントランス内
望月「おかえりなさい」
ゆり子「……っ!」
勢いよく顔を上げると、体の前で両腕を組んでエントランスの壁にもたれかかる望月の姿が。

望月「こんな遅くまで青木建設の江藤部長と会っていたんですか? ずいぶんと仕事熱心ですね」
腕組みを解き、壁から背中を離した望月がゆり子に近づく。

ゆり子(嫌味?)
ムッとした表情を浮かべるゆり子。

ゆり子「私がどこでなにをしようと、望月くんには関係ないでしょ」
望月「関係なくありません。俺は香山さんのことが好きなんですから」
と、声を荒らげる。

ゆり子「……っ!」
望月「……」
黙ったまま見つめ合うふたり。

× × ×
ゆり子「……好きな人がいるんです」
望月の顔が頭に浮かぶ。
× × ×
江藤の前で打ち明けたことを思い返すゆり子。

ゆり子(望月くんのことが好き。でも、どうしてもあのことが引っかかる)

ゆり子「野口さんとのことをハッキリ説明できないくせに、そんなこと言うなんてズルイよ」
望月から視線を逸らす。

望月「香山さん。俺と結婚してください」
握りこぶしを作った手に力がこもる。

ゆり子「……っ!」
望月に視線を戻したゆり子の目が丸くなる。


つづく

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