メガネ王子に翻弄されて
第十四章

〇ラッキーちゃんの家の外(昼)
ゆり子(どうしよう……)
多くの人で賑わうラッキーランドでひとり途方に暮れるゆり子。

ゆり子(みんなとはぐれちゃった)
ガックリと肩を落とし、トボトボと足を進めてベンチに座り込む。

ゆり子「はぁ」
と、ため息をつくと、バッグの中のスマホが音を立てる。

バッグから出したスマホには【望月敦】という着信表示が。

ゆり子「あっ」
通話ボタンをタップする。

望月『香山さん! 今どこにいるんですか?』

ゆり子(うわぁ! 大きな声)
思わず耳からスマホを離す。

ゆり子「ラッキーちゃんの家の前」
と、ポツリ。

望月『まだそんなところにいたんですか……。今すぐ迎えに行きますから、そこから動かないでください。一歩も動いたらダメですよ。いいですね?』

ゆり子「はい……」
返事をするとすぐに通話が切れる。

ゆり子(望月くんが迎えに来てくれるんだ……)
通話が終わったスマホを握りしめたゆり子の口元が緩む。

〇同・アトラクション最後尾
望月「橘。香山さん、まだラッキーちゃんの家の前にいるって言うから迎えに行ってくる」

橘「あっ! それなら俺が……」
橘の言葉を聞き終わらないうちに、列から離れる望月。

あかね「望月チーフ!」
駆け出す望月を呼び止めるあかね。

けれど望月の足は止まらない。
あかね「……」
望月の後ろ姿を見ながら、あかねが悔しそうに唇を噛みしめる。

同・園内
脱いだ帽子を手に持った望月が走る。

〇(回想)ラッキーランド前(昼)
シフォンワンピース姿のゆり子を見た望月の目が大きくなる。

望月(ヤバい……。メッチャかわいくないか?)
食い入るようにゆり子を見つめていると、パチリと視線が合う。

望月(……っ!)
勝手に緩んでしまう口元を手で隠した望月が、ゆり子から慌てて視線を逸らす。

〇同・園内
歩くたびにふわふわと左右に揺れるゆり子の黒髪、
シフォンワンピースの裾がまとわりつくゆり子の綺麗な脚、
そして、ゆり子のまぶしい笑顔。

あかね「いい天気でよかったですね」
望月「……」
自分の少し前を歩くゆり子から目が離せない望月。

あかね「望月チーフ? あかねの話、聞いてます?」
望月「えっ? あ、ごめん。なに?」
ゆり子から慌てて視線を逸らした望月があかねに向き合う。

あかね「いい天気ですねって言ったんです」
と、膨れる。
望月「そうだね」
興味なさそうに答えると、再びゆり子を見つめる。

〇同・ワゴン前
望月(楽しそうだな……)
カチューシャを身に着けたゆり子と、キャラクターの帽子をかぶった橘がお互いの姿を見て笑い合う様子を見た望月が、ムッとした表情を浮かべる。

あかね「似合います?」
カチューシャを着けたあかねが、上目づかいで望月を見つめる。
望月「うん。似合うよ」
と、作り笑い。

あかね「あっ、これ。望月チーフに似合いそう」
キャラクターの帽子を手に取り、望月にかぶせる。

望月「俺はいいよ」
と、帽子を脱ぐ。
あかね「ダメ!」
再び望月に帽子をかぶせる。

あかね「とても似合ってますよ」
と、ニコリ。
望月「……」
帽子をかぶったまま小さなため息をつく望月。

〇同・ジェットコースター前・最後尾
ゆり子と橘が楽しそうに話をする様子を、不機嫌に見つめる望月。

〇同・ラッキーちゃんの家・出口
ラッキーちゃんグッズの前で盛り上がるゆり子と橘の様子を、イラつきながら見つめる望月。

望月(これって嫉妬だよな……)
ゆり子と橘から視線を逸らし、外に出る。

〇同・園内
あかね「次はこのアトラクションに行くらしいですよ」
望月「……」
マップを広げて指さすあかね。

あかね「疲れちゃいました?」
と、望月の顔を覗き込む。
望月「いや。大丈夫」
足早に園内を進む。

〇同・アトラクション最後尾
橘「百十分待ちって……何時間待ちですか?」
鈴木「橘ってバカだよな」
と、笑う。

望月「……?」
橘の隣にゆり子がいないことに気づいた望月が辺りを見回す。

望月「……っ!」
血相を変えた望月がメンバーを掻き分けて、橘のもとに向かう。

望月「橘、香山さんは?」
橘「えっ? あれ?」
と、キョロキョロと辺りを見回す。

望月(ついさっきまで、ふたりで仲良く盛り上がっていたくせに……)
橘に対して苛立つ望月。

スマホを手にした望月が、ゆり子のナンバーをタップする。
(回想終了)

同・園内
人を掻き分け走る望月。
しかし人が多く、思うように前に進むことができない。

望月(頼むから、俺の行く手を阻まないでくれ……)
ベビーカーを押す家族連れを追い抜き、
イチャつくカップルの脇を通り、
子供が手にする風船を避けて進む望月。

望月のこめかみに汗が伝った時、ラッキーちゃんの家の目印でもある赤いとんがり屋根が見える。

〇ラッキーちゃんの家の前
望月(どこだ?)
辺りをグルリと見回し、ゆり子を捜す望月。

ラッキーちゃんの家の前、
近くのベンチ、
花壇の前、
どこを捜してもゆり子の姿を見つけることができない。

望月(一歩も動いたらダメだと言ったのに……)
ポケットからスマホを取り出し、ゆり子のナンバーを表示させる。

ゆり子「望月くん、走ってきたの?」
肩で息をしながら勢いよく降り返ると、そこには心配げに望月を見つめるゆり子の姿が。

望月(やっと見つかった)

望月「……はぁ」
口から息を吐き出し、両手を膝にあてて息を整える。

望月「そうですよ。香山さんが迷子になって泣いているんじゃないか、って心配でしたから」
姿勢を正す。

ゆり子「迷子じゃないもん……。ちょとはぐれただけだもん」
頬が膨らむ。

望月(迷子じゃないって言い張るなんて、意外と頑固なところがあるんだな……)
クスッと笑う。

望月「世間一般的には、はぐれた人のことを迷子と言うんです。あまり俺を心配させないでください」
こめかみに伝った汗を手の甲で拭う。

ゆり子「……心配してくれたんだ」
望月「あたり前です」
ゆり子「心配かけてごめんなさい」
と、頭を下げる。

望月「いえ。でもまた迷子になったら困るので、こうさせてもらいます」
ゆり子「えっ?」
望月がゆり子の手を握る。

望月「こうすれば、もう迷子になりませんよね?」
ゆり子「う、うん」
口元を緩めながら足を踏み出す。

〇同・園内
望月「ラッキーちゃんの家にひとりで残って、いったいなにをしていたんですか?」
ゆり子「同期のお土産を選んでいたの」

望月「同期って、阿部さんですか?」
ゆり子「ううん。前の部署で一緒だった市原くん」

望月(市原さんって、あの人のことだよな)
会社の食堂で向き合ってランチをとる、ゆり子と市原の姿が脳裏に浮かぶ。

望月「仲がいいんですね」
ゆり子「そう? 普通だと思うけど……」
望月「……」
望月の顔から笑みが消える。

望月(この場にいない人に嫉妬するなんて、どれだけ余裕がないんだよ)
眉根を寄せると、こちらに向かってくるあかねの姿に気づく。

あかね「望月チ~フ~!」
左右に大きく手を振って小走りするあかね。

望月(ふたりきりの時間もタイムアップか……)
ゆり子と繋いでいた手を離す。

あかね「やっと見つかった」
と、肩で息をする。

あかね「電話しても出ないし、あちこち捜したんですよ」
望月「……ごめん」
あかねが望月に腕を絡ませる。

あかね「みんな心配してますよ。早く合流しましょ」
望月「あ、ああ」

気まずい表情を浮かべた望月がゆり子にチラリと視線を向けるも、うつむいたゆり子の表情は見えない。

望月(最悪だ……)
肩を落としながら、足を進める。

〇同・アトラクションの列
開発事業部のメンバーと合流するゆり子と望月とあかね。

橘「香山さんが迷子になっていたことに、ちっとも気づかなくてすみませんでした」
ゆり子「ううん。私のほうこそ迷惑かけてしまって、ごめんなさい」
と、頭を下げる。

橘「これからは迷子にならないように手を繋ぎましょうか?」
と、ニヤリ。

× × ×
望月「いえ。でもまた迷子になったら困るので、こうさせてもらいます」
ゆり子「えっ?」
望月がゆり子の手を握る。
× × ×
迎えにきてくれた望月と手を繋いだことを思い出すゆり子。

ゆり子「……」
頬を赤らめて橘を見つめる。

橘「冗談ですって」
ゆり子「……だよね」
と、引きつった笑みを浮かべる。

〇同・アトラクション
アトラクションを楽しむメンバー。

〇同・レストラン
食事を堪能するメンバー。

〇同・ステージ
キャラクターショーを見て盛り上がるメンバー。

〇同・園内パレード開始前(夜)
アナウンス「三十分後に夜のパレードがスタートします」
太陽が沈み、ライトアップされた園内にアナウンスが流れる。

橘「あそこでパレード見ましょうよ」
前方の空いたスペースを橘が指さす。
鈴木「いいね」
と、メンバーが移動する。

ゆり子「橘くん」
橘「はい」
ゆり子が橘を呼び止める。

ゆり子「私、後ろで見るから」
橘「そうですか。くれぐれも迷子にならないでくださいね」
ゆり子「はい。わかりました」
と、笑うと橘が前方へ向かう。

橘と別れたゆり子が後方の花壇の縁に腰を下ろすとオープントゥのパンプスを脱ぐ。

ゆり子(七センチヒールで広いラッキーランドを一日中歩くと、さすがに疲れるな)
ふくらはぎを揉む。

ゆり子(もっと低いヒールか、バレエシューズにすればよかった……)
ため息をつくと、あかねが前方から人を掻き分けてこちらに向かってくる姿が見えた。

ゆり子「どうしたの?」
キョロキョロと辺りを見回すあかねに声をかける。
あかね「……望月チーフが見あたらないんです」
と、心配顔。

ゆり子(えっ? 今度は望月くんが迷子?)
目を丸くして驚く。

あかね「望月チーフを見かけたら、あかねが前で待ってるって伝えてください」
ゆり子「う、うん」
と、うなずく。

ゆり子「……」
人を掻き分けて前に戻って行くあかねの後ろ姿を見つめる。

バッグからスマホを取り出したゆり子が、望月の番号を表示させる。

ゆり子(野口さんが連絡してるか……)
スマホをバッグにしまう。

ゆり子(望月くん、どこに行ったんだろう)
花壇の縁に座って素足をブラブラさせる。

アナウンス「十分後に夜のパレードがスタートします」
多くの人がパレードを待ちわびるなか、アナウンスが流れる

ゆり子(望月くん、戻ったのかな……)
メンバーがいる前方を気にしていると、隣に人が座る。

ゆり子「……っ!」
無言で隣に腰を下ろした人物を見たゆり子の目が、見る見るうちに大きくなる。

ゆり子「望月くん!?」
望月「……」
大きなラッキーちゃんのぬいぐるみを小脇に抱えた望月が、驚くゆり子を見て微笑む。


つづく

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