メガネ王子に翻弄されて
第十九章

〇野口不動産・外(夜)
スマホに望月のナンバーを表示させたあかねが、通話ボタンをタップする。

〇望月の家・外観(夜)

〇同・望月の部屋
パソコンに向き合っている望月が着信に気づく。

スマホ画面には【野口あかね】の表示が。

望月「……」
しばらく悩んだ末に、応答ボタンをタップする。

望月「はい」
あかね『夜遅くすみません』

望月「……なに?」
あかね『明日、仕事が終わったら会ってもらえませんか?』
望月がため息をつく。

望月「悪いけど、もう野口さんとふたりきりで会うのは」
あかね『最後です! これで最後にしますから……』
望月の言葉を遮るあかね。

望月「……わかった」
あかね『ありがとうございます』

〇野口不動産・外
望月との通話が終わり、スマホを手にした涙目のあかねが空を見上げる。

〇同・開発事業部(昼)
業務をこなすゆり子と望月とあかね。

〇同・住宅事業部オフィス(夕)
女子社員A「お先に失礼します」
市原「お疲れさま」
社員が次々退社するなか、ひとり残って業務をこなす市原。

〇同・住宅事業部オフィス(夜)
時計の針が午後七時三十分を差す、住宅事業部の時計。

明かりを消した市原がオフィスをあとにする。

〇レストラン・店内
向かい合って座る望月とあかね。
テーブルの上には飲み物と料理が。

ウーロン茶を飲む望月。
あかね「今日はアルコール、飲まないんですね」
望月「……それで話って?」

あかね「昨日、香山さんが仕事を手伝ってくれました」
望月「そう」
と、グラスをテーブルに置く。

あかね「これからはひとりで抱えこまないで、手が空いている人にジャンジャン回そうって、言ってくれて……」
望月「……」

あかね「香山さんがもっと嫌なヤツだったら……望月チーフを奪ったのに……」
と、うつむく。
望月「……」

あかね「アレ、嘘ですから安心してください」
顔を上げたあかねが微笑む。

望月「アレ?」
あかね「パパがあかねに甘いって話です」
望月「ああ」

× × ×
あかね「パパ、あかねには甘いんです。香山さんにはグループ会社に出向してもらおうかな。それとも……」
× × ×
以前、ダイニングバーであかねが口にした言葉を思い出す望月。

あかね「パパはあかねが気に入らないってだけの理由で、社員を異動させたりする人じゃありません」
望月「そうだね」
と、うなずく。

あかね「今まであかねのワガママに付き合ってくれて、ありがとうございました。香山さんとお幸せに」
望月「ありがとう」

瞳を潤ませたあかねが、無理に微笑む。

〇レストラン・外
店を出た望月とあかねが空を見上げる。
望月「雨か……」

あかね「望月チーフは傘持ってきてないんですか?」
バッグから折り畳み傘を取り出す。

望月「持ってない……」
あかね「今日の夜の降水確率九十パーセントでしたよ」
と、得意顔。
望月「……」

あかね「仕方ないから入れてあげます」
開いた傘を望月に傾ける。

望月「……」
悩み、もう一度空を見上げる。

望月「ありがとう」
あかね「いいえ」
あかねの傘に入り、駅に向かう。

〇駅周辺・道路
雨がシトシトと降るなか、残業を終えた市原が駅に向かう。

赤信号の横断歩道前で足を止める市原。
ふと、視線を上げると斜め前方にひとつの傘に入っている望月とあかねに気づく。

市原「……は?」
目を見開き、望月を見る。

信号が青になっても市原の足は止まったまま。

市原「……」
駅に向かう望月とあかねの姿を見つめる市原。

傘を握る市原の手に力がこもる。

〇野口不動産・食堂(昼休み)
ランチがのったトレーを持ち、空いている席を探すゆり子に市原が気づく。
市原「香山!」
手を上げて空いている向かいの席を指さす。

うなずいたゆり子が、市原の前の席に腰を下ろす。

市原「王子とは仲良くしてんの?」
ゆり子「えっ? なに急に……」

市原「ちょっと気になったから」
ゆり子「普通だけど?」
市原「……そっか」
ゆり子「うん」
と、料理を口に運ぶ。

市原「あのさ、話があるんだけど……。今夜、ヒマ?」
ゆり子「うん。なにも予定ないけど、話ってなに?」

市原「……今夜話す」
ゆり子「わかった。私、トリ吉に行きたいな」
と、ニコリ。

市原「いや。今日はトリ吉には行かない」
ゆり子「……そ、そう」
戸惑うゆり子。

市原「じゃあ、お先」
トレーを持って席を立つ。
ゆり子「うん」

ゆり子(話ってなんだろう……)
食堂を出て行く市原の後ろ姿を見たゆり子が、頭をひねる。

〇野口不動産・外(夜)
ゆり子と市原が自動ドアを通り、外に出る。

ゆり子「どこ行く?」
市原「こっち」
と、歩き出す。

ゆり子「お店、決まってるの?」
市原「ああ」
ゆり子にかまわず、スタスタと足を進める市原。

ゆり子(機嫌悪い?)
足早に歩く市原の後を、急いで追う。

〇バー・店内
バーカウンターがある、薄暗い店内。
ゆり子と市原が奥の席に向き合って座る。

ゆり子と市原「乾杯」
ゆり子がオーダーしたカンパリ・ソーダと、市原がオーダーしたジントニックのグラスを合わせて口をつける。

ゆり子「オシャレなお店だね。よく来るの?」
店内を見回す。

市原「たまに。残業して軽く飲みたい時にひとりで来る」
ゆり子「へえ」
と、目を丸くする。

市原「俺がこんなシャレた店を知っているなんて、意外だったんだろ?」
ゆり子「そ、そんなことないよ」
慌てて首を左右に振る。

市原「嘘つけ」
ゆり子「……うん、ごめん。意外だと思った」
ふたりでクスッと笑い合う。

店員「お待たせしました」
テーブルに料理が並ぶ。

ゆり子「おいしそうだね」
小皿に料理を取り分け、市原に渡す。

市原「サンキュ」
ゆり子「いいえ。いただきます」
と、料理に手をつける。

市原「香山……」
受け取った小皿をテーブルの上に置いた市原が、真面目な表情を浮かべる。
ゆり子「なに?」

市原「俺……見たんだ」
ゆり子「なにを?」

市原「王子を」
ゆり子「そうなんだ。どこで?」
と、首を傾げる。

市原「駅前の横断歩道で」
ゆり子「へえ」

市原「女とひとつの傘に入ってた」
ゆり子「……っ!」
箸から料理がポトリと落ちる。

市原「……」
ゆり子「……」
見つめ合うふたり。

ゆり子「い、市原くんの見間違いじゃないの?」
テーブルの上に落ちた料理を紙ナプキンで拭き取る。

市原「見間違いじゃない。あれは王子だった」
顔を上げたゆり子を、市原が真っ直ぐ前を見つめる。

市原「どうしてアイツなんだよ……」
ゆり子「……?」
髪をクシャリと掻き乱す市原を、ゆり子が黙って見つめる。

市原「俺、香山が仕事好きなの知っているから……家事も手伝うし、子供が生まれたら俺が育児休業を取得してもいいと思ってる」
テーブルに身をのり出す。

ゆり子(こ、これってプロポーズ?)

ゆり子「……ちょ、ちょっとなに言ってるの?」
瞳を左右に揺らしたゆり子が慌てる。

市原「同期の関係が壊れるのが怖くて、ずっと言えずにいたけど今日はハッキリ言う。俺はお前が好きだ」

ゆり子「……」
目を丸くして固まる。

市原「……」
ゆり子「……」
ふたりの間に沈黙が流れる。

市原「俺がお前を好きだってことに、ちっとも気づいてなかっただろ?」
ゆり子「う、うん。ごめん……」
と、うつむく。

市原「だいたいお前は仕事以外のことに鈍感すぎるんだよ。同期でお前に惚れているヤツが何人もいたことにも気づいてねえだろ?」
ジントニックに口をつける。

ゆり子「な、何人もって……冗談だよね?」
市原「冗談じゃねえよ。ほんと、鈍感だな」
と、あきれ顔。

ゆり子「……ごめん」
シュンと肩を落とすゆり子を見た市原がため息をつく。

市原「なあ、香山。アイツじゃなくて俺にしろよ。俺はお前を絶対裏切らない。一生大事にする」
真剣な面持ちの市原が訴えるように言う。

ゆり子(仕事に理解がある市原くんと結婚したら、間違いなく幸せになれる。でも……)

ゆり子「……ごめんなさい。私が好きなのは望月くんなの」
市原「……」
ゆり子の震える声を、市原が黙って聞く。

ゆり子「本当にごめんなさい」
頭を下げる。

市原がジントニックを一気に飲み干す。

市原「そんなに何度も謝るなよ。余計惨めになる」
ゆり子「……」

空になった市原のグラスの中の氷が、カランと音を立てる。

市原「……俺から誘ったのに悪いけど、今はひとりになりたい」
ゆり子「うん。わかった」
と、席を立ち、ドアに向かう。

市原「香山」
ゆり子「……?」
市原に呼び止められたゆり子が振り返る。

市原「明日も食堂で一緒にランチ食べような」
ゆり子「うん」
無理して笑う市原に、ゆり子が微笑み返す。

〇バー・外
外に出たゆり子の瞳に涙が滲む。
ゆり子(市原くん、ごめんなさい)

ゆり子「……っ」
口から泣き声が漏れるのを我慢しながら、駅に向かって足を進める。

〇目黒駅
駅の自動改札機を通るゆり子。

ゆり子(望月くんに会いたな……)
マンションに向かいながら、バッグからスマホを取り出す。

スマホの時刻は20:08。

ゆり子(今から会いたいって呼び出す? でも急にそんなこと言われても迷惑だよね……)
トボトボと足を進めていると、スマホが音を立てる。

足を止めてスマホを見ると、望月からラインが。

望月【今から電話してもいいですか?】

画面を見たゆり子の瞳に涙が滲む。

堪え切れなくなったゆり子が望月のナンバーをタップする。

望月『もしもし』
ゆり子「望月くん。今すぐ会いたいの……」


つづく

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