メガネ王子に翻弄されて
第二章

〇バー・店内(夜)
ゆり子の肩に望月が手を添える。
望月「家まで送ります」
驚いたゆり子が顔を上げると、銀縁メガネをかけている望月(30歳)の顔が。

ゆり子(メ、メガネ王子だぁ!)
目を見開く。

ゆり子(どうして彼が?)
慌ててうつむくと、赤く染まったジャケットと白いインナーが目に留まる。

ゆり子(これじゃあ、電車に乗れない)

ゆり子「……お願いします」
望月に頭を下げる。

望月「行きましょう」
ゆり子「はい」
望月に支えられ、バーから出る。

〇同・外
バーの前の通りで、タクシーに乗り込むゆり子と望月。

もう一台のタクシーには酔った松本(34歳)と、彼を介抱する橘幸太郎(たちばな こうたろう)(23歳)が乗り込む。

タクシーのドアがパタンと閉まる。

〇タクシー・車内
望月「えっと……お住まいはどちらですか?」
ゆり子「……目黒です」

望月「そうですか。すみません。目黒までお願いします」
運転手「はい」

ゆり子と望月を乗せたタクシーが、夜の街を走り出す。

〇(回想)居酒屋(夜)
大手チェーン店の居酒屋。個室ブースのテーブル席。
奥に松本、その隣に望月、向かいに橘の並びで座る。

松本「昇進おめでとう!」
橘「おめでとうございます!」
望月「ありがとうございます」
ジョッキをガチンと合わせてビールを飲む。

松本が隣でビールを飲む望月の背中をバンと力強く叩く。

叩かれた衝撃でビールが波打ち、望月の鼻の下が濡れる。
望月「……」

ジョッキを置いた望月が、テーブルの隅に置かれている紙ナプキンに手を伸ばし、鼻の下を拭う。

望月「でも松本チーフの異動は寂しいです」
松本「俺もだよ。でも同じ本社内の異動だから、どこかでバッタリ会うだろう」
望月「そうですね」

店員「おまたせしました」
テーブルの上に料理が並ぶ。

松本「今日は俺のおこりだ。遠慮しないでガンガン食ってジャンジャン飲んでくれ」
望月と橘「ありがとうございます」
と、頭を下げる。

~三十分後~
テーブルの上の皿が空になる。

顔を赤らめた松本がジョッキに口をつける。しかし中身は空。
松本「すいません! お代わり!」
と、空のジョッキを掲げる。
店員「かしこまりました!」

松本「今日は俺のおこりだ。遠慮しないでガンガン食ってジャンジャン飲んでくれ」
大きな声を出す。

望月(完全に酔ってるな……)
望月と橘が顔を見合わせ苦笑する。

〇居酒屋・外観
望月と橘「ごちそうさまでした」

〇同・外
居酒屋から出て来た松本が、望月と橘の肩に両腕をのせる。
松本「もう一軒行くぞ!」
と、歩き出す。

望月と橘の背中が、松本の腕の重みで丸まる。
望月「明日も仕事だし、今日はもう帰りましょうよ」
松本「今日はお前の昇進祝いと俺の送別会だ。もう一軒付き合え」
望月「(小さな声で)……はい」

〇駅周辺・道路
千鳥足の松本の両脇に望月と橘。
肩を組んだままあっちにフラフラ、こっちにフラフラ。

松本「あそこで飲み直すぞ!」
前方のバーのネオンに気づいた松本が、望月と橘の肩から腕を離しバーに向かう。

お互いの顔を見合って、ため息をつく望月と橘。
松本の後を追ってバーに続く階段を下りる。
(回想終了)

〇タクシー・車内
望月(居酒屋を出た時、無理やりタクシーに乗せればよかった)
頭を左右に小さく振ると、肩に重みを感じる。
望月「……?」

横に視線を向けると、自分の肩にもたれかかって眠るゆり子の姿が。
望月(嘘だろ?)

慌てた望月が、ゆり子の肩に手をあてて揺らす。
望月「ちょっと、起きてください」

ゆり子「……」
寝たままま起きないゆり子を見て、ため息をつく望月。

望月(仕方ない……)

望月「すみません。行き先を変更してください」

〇ホテル・外観

〇同・1505室内
ツインのベッドとデスクとイスがある、ごく一般的な内装の一室。

ベッドの上でスヤスヤと寝息を立てるゆり子の胸元は、赤い染みが広がったまま。

望月「参ったな……」
ため息をつきながら、ゆり子を見つめる。

望月(それにしても、綺麗な人だよな)
上半身を倒し、ゆり子の寝顔を覗き込む。

望月(スタイルもいいし)
ゆり子の体に視線を移す。

望月(脚も綺麗だ)
ゆり子の脚に見惚れる。

望月の目の前でゆり子が寝返りを打つ。
ゆり子「ん……」
望月「……っ!」

驚いた望月が片足を一歩後退させるも、ゆり子は寝たまま。
ホッと胸をなで下ろす。

望月(さて、これからどうするか……)
頭を悩ませていると、ゆり子の瞼がゆっくりと開く。

望月「……っ!」
ゆり子と望月の視線が合う。

望月「大丈夫ですか?」
ゆり子「……」

望月「あの……」
ゆり子「……」
戸惑いながら様子を窺っていると、ゆり子の瞳に涙が滲む。

ゆり子「がんばってきたのに……。どうして……」
ポツリとつぶやいたゆり子の目尻から涙が伝う。

涙を流すゆり子を見た望月の鼓動がドクンと跳ね上がる。

望月(なんだ? この感情……)
込み上げてくる思いがなんなのかわからず、胸に手をあてる。

ゆり子「……うっ」
ベッドの上で丸まって涙を流すゆり子。

その姿を見た望月の胸に痛みが走る。
望月(これって……)

望月「ずっとそばにいます。だから安心して」
ベッドに腰を下ろした望月が、ゆり子の髪を優しく撫でる。

ゆり子「……ありが……とう」
涙交じりの声をあげたゆり子が体を起こし、望月の首に手を回す。

望月「えっ?」
バランスを崩した望月が仰向けに倒れ込む。

望月「……っ!」
体の上にゆり子が覆いかぶさっていることに気づいた望月が、持て余した手をジタバタさせる。

望月「あ、あの」
ゆり子「……」
望月が声をかけても、ゆり子はピクリとも動かない。

望月(まさかこの状態で、再びの寝落ち!?)
真っ白になり固まる望月。

望月(ヤバい……。この体勢は確実にヤバい……)
密着するゆり子の体を意識した望月のある部分に異変が……。

望月(冷静になれ、俺。こういう時は、アレしかない!)

望月「3.14159265……」
縁なしメガネのブリッジを右手中指で押し上げた望月が、円周率をつぶやく。

〇同・1505室内(朝)
窓から朝の日差しが差し込み、チュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえる。

望月(一睡もできなかった……)
ゆり子の下で、男泣き。

ゆり子「……ん」
もぞりと動いたゆり子の瞼がパチリと開く。

望月「……」
ゆり子「……」
ふたりの視線が合う。

望月「おはようございます」
ゆり子「……」
固まったまま、望月を見下ろすゆり子。

望月「あの……大丈夫ですか?」
ゆり子「……っ!」

ゆり子(な、な、なんでメガネ王子が!?)
目を丸したゆり子が、望月の上から慌てて離れる。

望月「落ち着いてください。俺はタクシーの中で眠ってしまったあなたを介抱しただけですから」
布団で体を隠すゆり子の前で、ベッドから立ち上がった望月がメガネのブリッジを押し上げる。

× × ×
〇タクシー・車内
望月「えっと……お住まいはどちらですか?」
ゆり子「……目黒です」
望月「そうですか。すみません。目黒までお願いします」
運転手「はい」
× × ×
望月とタクシーに乗り込んだときのことを思い出すゆり子。

ゆり子(私、タクシーの中で寝ちゃったんだ!)
望月から視線を逸らすと、布団の中に顔を突っ込む。

ゆり子(服も、下着も異常なし)
布団から顔を出す。

ゆり子「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
と、頭を下げる。

望月「いえ。今度こそ家まで送ります。ロビーで待ってますので、身支度が整ったら降りて来てください」
ゆり子「……はい」
微笑んだ望月が部屋から出て行き、ドアがパタンと閉まる。

ゆり子(あ~! メガネ王子の前で、酔って意識なくすなんて一生の不覚!)
両手で顔を覆う。

ゆり子(酒癖の悪い女だと思われたよね……)
ベッドに体をパタンと倒す。

ゆり子(って、落ち込んでいる場合じゃない。メガネ王子を待たせてるんだった)
体を起こしたゆり子が洗面所に行き、髪を整える。

ドアを開けたゆり子が部屋から出る。

〇タクシー・車内
「07:32」と表示されたスマホと、フロントガラス越しに見える渋滞を交互に見るゆり子。

ゆり子「すみません。ここからなら走ったほうが早そうなので」
と、シートベルトをはずす。

望月「そうですか。今回は本当に申し訳ありませんでした」
赤く染まったゆり子のインナーを見た望月の眉が下がる。

ゆり子「いえ。私のほうこそ、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
望月に頭を下げると、後部座席のドアが開く。

望月「……あっ、そうだ。連絡先を」
と、言ったものの、ゆり子はすでにタクシーの外。

望月(しまった。聞きそびれた……)
髪を揺らして走るゆり子の後ろ姿を見た望月が天を仰ぐ。

〇ゆり子のマンション外観

〇同・玄関前・808号室の表札。
玄関を開けて部屋に入るゆり子。

〇ゆり子マンション・バスルーム
シャワーを浴びて、

〇同・鏡の前
ドライヤーで髪の毛を乾かし、メイクをして、

〇同・玄関外
鍵を閉める。

〇野口不動産・住宅事業部オフィス
セキュリティカードでロックを解除して、ドアを開けてオフィスに入る。
ゆり子「おはようございます」
と、挨拶。

市原「おはよ。昨日は悪かったな」
ゆり子「ううん。それよりトラブルは大丈夫だった?」

市原「ああ。なんとか」
ゆり子「そっか」
と、イスに座る。

ゆり子がレジ袋から野菜ジュースとシリアルバーを取り出す。
市原「朝食か? 珍しいな」
ゆり子「今朝はちょっとバタバタしちゃって……」

ゆり子(バーに寄ったらメガネ王子に会って、目が覚めたらホテルにいました。なんて言えない)
野菜ジュースにストローを差して飲む。

〇同・住宅事業部のドア前(夕)
ゆり子「お先に失礼します」

〇同・エレベーター前
「ポン」と鳴って到着したエレベーターのドアが開く。
すでに何名か乗っているエレベーターに、肩からバッグを下げたゆり子が乗り込む。

〇同・エレベーター内
エレベーターの階数表示を見上げるゆり子。

エレベーターの階数表示の「1」が光り、「ポン」という到着音とともにドアが開く。

〇同・一階エレベーターホール
前の人に続いてエレベーターから降りるゆり子。

同じく一階に到着した向かいのエレベーターのドアが開く。中から人が降りてくる社員の中に、望月の姿が。

足を進めるゆり子と望月。ふと視線を上げると、お互いの目がパチリと合う。

ゆり子「えっ?」
望月「……っ!」
驚きのあまり、固まるふたり。


つづく
< 2 / 20 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop