メガネ王子に翻弄されて
第二十章
〇望月の部屋(夜)
望月「もしもし」
ゆり子『望月くん。今すぐ会いたいの……』
スマホを耳にあてる望月の目が、大きく見開かれる。
望月「今どこですか?」
ゆり子『目黒駅を出たところ』
ベッドに座っていた望月が勢いよく立ち上がる。
望月「今からゆり子さんのマンションに行きます」
ゆり子『うん。待ってる』
通話を終わらせた望月が車の鍵を手に取り、部屋から出る。
〇ゆり子のマンション・玄関
ゆり子が玄関のドアを開ける。その先には望月が。
ゆり子「望月くん……」
望月の胸に飛び込むゆり子。
ドアがパタンと閉まる。
ゆり子「ワガママ言ってごめんね」
望月「こんなかわいいワガママなら、大歓迎ですよ」
ゆり子の背中に、望月が腕を回す。
ゆり子「……っう」
声を詰まらせて泣き出す。
望月「……」
ゆり子をギュッと抱きしめながら、髪を撫でる。
〇同・リビング
ソファに座るゆり子と望月。
望月「落ち着きましたか?」
ゆり子「うん」
望月「なにがあったのか聞いてもいいですか?」
ゆり子の顔を心配げに覗き込む。
ゆり子(迷惑かけた以上、黙ってるわけにはいかないよね……)
ゆり子「私、大切な人を傷つけた……」
再び涙が込み上げてくる。
望月「……大切な人って……もしかして市原チーフのことですか?」
ゆり子「……どうして?」
望月「ほかに思いあたる人がいなかったから」
ゆり子「……」
瞳を伏せる。
望月「それで? 市原チーフに好きだって言われましたか?」
ゆり子「……っ!」
驚いたゆり子が勢いよく顔を上げる。
望月「図星か……」
ゆり子「なんでわかったの?」
望月「いや……。市原チーフの様子を見ていたら、すぐにわかるでしょ?」
ゆり子「……」
サラッと言う望月を見て、固まるゆり子。
望月「ゆり子さんって、けっこう鈍感ですよね」
ゆり子「……市原くんにも鈍感って言われた」
ため息をついたゆり子が肩を落とす。
望月「それで? 市原チーフにはなんて返事したんですか?」
ゆり子「ごめんなさいって……。私は望月くんが好きだからって言った」
望月の口元が緩む。
望月「ありがとう」
ゆり子の頬に、望月が短いキスを落とす。
望月「俺、市原チーフの分までゆり子さんを大事にするから」
ゆり子「……うん。ありがとう」
微笑むゆり子に顔を近づけた望月が、唇を塞ぐ。
一度離した唇を望月が再び重ねようとした時。
ゆり子「あ、そうだ」
キスができないように、望月の唇に手をあてる。
ゆり子「昨日、市原くんが見たって言ってたんだけど」
望月「なにを?」
ゆり子「望月くんと女の人が、ひとつの傘に入っているのを」
望月「……あ」
と、顔を引きつらせる。
ゆり子「女の人って……野口さん?」
不安げに瞳を揺らすゆり子を見た望月が、姿勢を正す。
望月「実は俺、野口さんに脅されていたんです」
ゆり子「えっ?」
望月「俺が野口さんの言うことを聞かないのなら、父親である社長に言いつけて、ゆり子さんをグループ会社に出向させるって……」
ゆり子「……っ!」
× × ×
望月「野口さんとは本当に付き合ってないんです。でも彼女からの誘いは断れない」
× × ×
以前、望月から聞いた言葉を思い出すゆり子。
ゆり子(それで……)
目を丸くしたゆり子が望月を見つめる。
望月「でも安心してください。昨日、野口さんときちんと話し合ったので。もう彼女とふたりきりで会うことは絶対にないです」
ゆり子「そう……」
望月「はい」
と、微笑む。
望月「野口さん、うれしかったみたいですよ」
ゆり子「なにが?」
望月「残業を手伝ってくれたことが」
ゆり子「そうなんだ」
と、クスッと笑う。
ゆり子「これから手が空いてる人に、野口さんが抱えてる仕事をジャンジャン回すことにしたから、よろしくね」
望月「えっ? 俺も?」
ゆり子「もちろん。チーフだからって、特別扱いはしませんので」
望月「……鬼だな」
と、ポツリ。
ゆり子「なにか言った?」
望月「いえ。なにも」
笑い合っていると、望月がソファから立ち上がる。
望月「じゃあ俺、帰ります」
ゆり子「えっ……もう帰っちゃうの?」
ソファから立ち上がったゆり子が、望月のシャツの裾を咄嗟に掴む。
ゆり子「あっ……ごめんなさい」
シャツの裾から手を離してうつむく。
望月「ゆり子さんは、俺に帰ってほしくないんだ?」
腰を屈めた望月が、うつむいたままのゆり子の顔を覗き込む。
ゆり子「……」
望月「やっぱ、帰ろうかな」
顔を伏せたままのゆり子の前で、望月が玄関に向かって一歩踏み出す。
ゆり子「……帰らないで」
再びシャツの裾を掴んだゆり子が、上目づかいで望月を見つめる。
望月「そんなかわいい顔でお願いされたら、帰れるわけないでしょ」
しびれを切らした望月が、ゆり子を横抱きにして寝室に向かう。
〇同・寝室
ベッドの上にゆり子を下ろした望月が、黒縁メガネをはずす。
望月「すみません。俺、結構余裕ないかも……」
ゆり子を見下ろしながら、望月が一気にシャツを脱ぐ。
ゆり子「……っ!」
望月の鍛えられた上半身を見たゆり子が息を飲む。
望月「ゆり子さん。好きだよ」
ゆり子「私も、好き」
暗がりの中、微笑んだ望月が横たわるゆり子の唇を甘く塞ぐ。
〇同・寝室(朝)
裸のまま、ベッドの上で体を寄せ合うゆり子と望月。
ゆり子(やっぱり寝顔もカッコいい)
ゆり子が寝顔をじっと見つめていると、望月の瞼がゆっくり開く。
望月「おはよう」
ゆり子「おはよう。起こしちゃった?」
望月「丁度、目が覚めたところ」
ゆり子「そっか」
微笑み合う。
望月「今、何時?」
ゆり子(あ、そうか。メガネかけてないから時計が見えないんだ)
寝室の時計に視線を向ける。
上半身を起こしたゆり子が望月の目の前で右手を開く。
ゆり子「これ、何本?」
望月「……? 五本」
ゆり子「正解。じゃあ、これは?」
望月の目から少し離した位置に、人差し指を立てる。
望月「……一本」
と、キョトン。
ゆり子「正解。最後にこれは?」
望月の前からさらに手を遠ざけると、親指と人差し指をつけて丸を作る。
望月「……ゼロ?」
ゆり子「正解! 今は五時十分。望月くん、メガネがなくても結構見えるんだね」
と、微笑む。
望月「……ップ! あはは!」
小さく吹き出した望月が、お腹を抱えて盛大に笑う。
ゆり子「な、なに?」
大笑いする望月を見て驚くゆり子。
望月「俺、近視なので近くのものはハッキリ見えますよ」
ゆり子「えっ? そうなの?」
望月「はい。まったく、かわいいな」
腕を伸ばし、ゆり子を胸に抱き寄せる。
望月「ゆり子さんの顔も」
ゆり子の頬にくちづけを落とす。
望月「それから、ここも」
ゆり子の胸に唇を寄せる。
望月「よく見えます」
ゆり子「やだ……」
慌てて胸を隠す。
望月「ゆり子さん? もう一度、いい?」
と、ゆり子を組み敷く。
ゆり子「そ、それは……」
頬を赤くしながら、視線をさまよわせる。
望月「はい。タイムオーバー」
クスッと笑った望月がゆり子の唇を塞ぐ。
ゆり子(ああ、幸せ……)
瞳と閉じて、望月の背中に腕を回す。
〇野口不動産・開発事業部オフィス
ゆり子と望月、橘とあかねが業務に励む。
〇同・ミーティングルーム
会議をする開発事業メンバー。
〇同・食堂
向き合ったゆり子と市原がランチを食べる。
〇同・住宅事業部オフィス
市原が業務に励む。
〇夢見が丘ショッピングプラザ予定地
開発事業メンバーが業者の説明を受ける。
〇ドッグラン(昼)
緑の芝生が広がったドッグランを走るベル。
望月「ゆり子さん、これを遠くに投げて」
ゆり子「うん」
手のひらサイズの赤いボールを望月から受け取る。
ゆり子「ベルちゃん、いくよ。それっ!」
ゆり子が投げたボールが、わずか数メートル先にポトリと落ちる。
望月「あはは……」
お腹を抱えて大笑いする。
ゆり子「そんなに笑わないでよ」
望月「いや、これを笑うな、って言うほうが無理でしょ」
ゆり子「もう……」
と、頬を膨らませる。
数メートル先に落ちたボールを望月が拾いに行く。
望月「いくぞ、ベル!」
大きく振りかぶった望月の手からボールが放たれる。
青空をバックにボールが放物線を描き、ベルが夢中で追いかける。
ゆり子「すごい、すごいっ!」
手を叩くゆり子の左薬指に、エンゲージリングがキラリと光る。
〇教会・外観(昼)
〇同・外
開いたドアから、ウエディングドレス姿のゆり子とタキシード姿の望月が出てくる。
フラワーシャワーが舞うなか、階段を下りるゆり子と望月にお祝いの言葉が。
市原「おめでとう!」
あかね「おめでとうございます」
橘「おめでとうございます!」
開発事業部のメンバー「おめでとう!」
住宅事業部のメンバー「おめでとうございます!」
隆弘「おめでとう」
お腹が大きく膨らんだ志穂と佐藤と航「おめでとう!」
と、みんな笑顔。
松本「おめで……とう……」
ひとりだけ大泣き。
ゆり子と望月「ありがとう」
と、笑顔。
微笑み合うゆり子の頬に、望月がキスを落とす。
おわり