優しく、強く
「先生」私がそう呼ぶと先生は決まって「ん?」と言いながら皺の寄った優しい笑顔でこちらを振り向く。
高校2年の夏が過ぎ去ろうとしている時だった。
教室はまだ蒸し暑く、扇風機をフル回転させ窓を全開にしていても座っているだけで汗が出てくるようなしつこい残暑にわたしは少し苛立ちをおぼえていた。
チャイムがなりみんながダラダラと席に着き始めた頃先生はやってきた。
「今日からこのクラスを担当します。知ってる人もいると思うけど一応言っとくね。数学担当の高井です。」そう言いながら黒板に高と井という字を書いていく。その薬指には年季の入ったでも丁寧に使ってきただろう指輪がついていた。私はボーっと黒板をみながらきっと几帳面な性格なんだろうななんて考えていた。
私たちの学年は数学を少人数でやっていて夏休み後はクラス替えが行われた。そして私のクラスの担当が先生だったのだ。
私は先生のことを知っていた。
まぁ、「知っていた」と言っても名字と顔が一致するぐらいだった。
この暑い中先生は汗ひとつ流さずワイシャツをピシッと着こなしている。そうそれはシャツからピシって音が聞こえるんじゃないかってくらい。奥さんがアイロンかけしてるのかなぁ。愛されてますねぇ。
暑さにやられたのか私は先生を見ながらそんなことを考えた。
先生は私の目線なんか気にもとめずプリントを配り始める。
真面目な人なんだろう。雑談はしないですぐに授業に入る。私はそんな授業が割と好きな方だ。私自身真面目な性格だったので授業に関係ない雑談(と言う名の下ネタや恋愛話)は正直好きではなかった。
先生は「ひー、ふー、みー、」と列を覗き込みながらプリントを配っていく。配られたプリントの内容はよく分からない(なにせ私は生まれつき数学が苦手なのだ)それでも先生は容赦なく「じゃあ、とりあえずそのプリント解いてみて。答え合わせは20分後にします。」とだけ言い放ち私たちの机の周りを歩き始める。
私は内心でこんなの解けるわけねぇーよ、バカなんだから
と下品な言葉遣いで自分のバカさを恨んでいた。
ペンは一向に進まない。ただプリントを眺めどうすることもできないXたちを見つめていた。そんな私に気づいたのか回っていた先生はこちらへ近づいてくる。(最悪だ…)授業初日から自分がバカだと知られ五分たっても白紙のままのプリントを見られると思うと急に恥ずかしくなったのだ。
先生はそんな私など御構い無しにプリントをのぞいてくる。コーヒーと煙草の匂いがした。プリントに影が落ち視界が暗くなる。「わからないのですか?」先生はおちつき払った声でそう言う。呆れられてるわけではないと少しホッとした。「はい。」私は小さくそう発して軽く頷く。「そうですか。次の問題もその次の問題も?」「はい、、」としか私は答えられなかった。わからないから進んでないんだろと自分のバカさと先生の質問に少し苛立っていた。そんな私に気づいたのか気づいてないのかわからないが先生は「シャーペン、借りてもいいですか?」といい私からシャーペンを受け取ってプリントに公式を書いていく。「これを使えば解けますよ。それでも分からなかったら手をあげてください。また来ますので。」と言って私にシャーペンを返し先生はまた教室を回りだした。「ありがとうございます。」私は少し不機嫌そうに先生に聞こえないぐらいの小さい声でお礼を言う。やはり聞こえなかったのか先生はこちらを振り向かなかった。
私はプリントに目を落とし綺麗な字で書かれた公式と機械で作られた字を見比べ頭をフル回転させながら問題を解いていった。なぜだろう。私は数学が生まれた時から苦手なはずなのに解けてしまった。理由はわかっている。先生がプリントに書いたものがあまりにもわかりやすかったのだ。どのような時にどの公式を使えばいいのか。先生はそれをあの一瞬で全て書いていた。そのおかげで私は全部の問題が解けてしまったのだ。
「では、20分たったので答えあわせをします。」
先生の声でハッとする。私は先生が教えてくれてから夢中で解いていたのだ。
「では、問一から」
そういって先生は真っ白なチョークを持ち黒板に問題と答えを書いていく。チョークの音が心地よいテンポで聞こえてくる。私は自分の答えと見合わせながら丸をつけていく。最後の一門を間違えてしまった。それでも私にしては上出来だった。先生が最後まで書き終わって前を向いたのでちょうど黒板を見ていた私は目が合ってしまう。それでも先生は何事も無いように目をそらし解説をしていく。だから私も何事も無いようにプリントに目を戻す。
先生の解説はわかりやすいものだった。どうすればこうなるのか丁寧に、でも無駄なことは言わず時間もかけずに黙々と進めていく。最後の問題もなぜ自分が間違えたのか理解できた。
初めてだった。数学が楽しいと思ったのは。
高校2年の夏が過ぎ去ろうとしている時だった。
教室はまだ蒸し暑く、扇風機をフル回転させ窓を全開にしていても座っているだけで汗が出てくるようなしつこい残暑にわたしは少し苛立ちをおぼえていた。
チャイムがなりみんながダラダラと席に着き始めた頃先生はやってきた。
「今日からこのクラスを担当します。知ってる人もいると思うけど一応言っとくね。数学担当の高井です。」そう言いながら黒板に高と井という字を書いていく。その薬指には年季の入ったでも丁寧に使ってきただろう指輪がついていた。私はボーっと黒板をみながらきっと几帳面な性格なんだろうななんて考えていた。
私たちの学年は数学を少人数でやっていて夏休み後はクラス替えが行われた。そして私のクラスの担当が先生だったのだ。
私は先生のことを知っていた。
まぁ、「知っていた」と言っても名字と顔が一致するぐらいだった。
この暑い中先生は汗ひとつ流さずワイシャツをピシッと着こなしている。そうそれはシャツからピシって音が聞こえるんじゃないかってくらい。奥さんがアイロンかけしてるのかなぁ。愛されてますねぇ。
暑さにやられたのか私は先生を見ながらそんなことを考えた。
先生は私の目線なんか気にもとめずプリントを配り始める。
真面目な人なんだろう。雑談はしないですぐに授業に入る。私はそんな授業が割と好きな方だ。私自身真面目な性格だったので授業に関係ない雑談(と言う名の下ネタや恋愛話)は正直好きではなかった。
先生は「ひー、ふー、みー、」と列を覗き込みながらプリントを配っていく。配られたプリントの内容はよく分からない(なにせ私は生まれつき数学が苦手なのだ)それでも先生は容赦なく「じゃあ、とりあえずそのプリント解いてみて。答え合わせは20分後にします。」とだけ言い放ち私たちの机の周りを歩き始める。
私は内心でこんなの解けるわけねぇーよ、バカなんだから
と下品な言葉遣いで自分のバカさを恨んでいた。
ペンは一向に進まない。ただプリントを眺めどうすることもできないXたちを見つめていた。そんな私に気づいたのか回っていた先生はこちらへ近づいてくる。(最悪だ…)授業初日から自分がバカだと知られ五分たっても白紙のままのプリントを見られると思うと急に恥ずかしくなったのだ。
先生はそんな私など御構い無しにプリントをのぞいてくる。コーヒーと煙草の匂いがした。プリントに影が落ち視界が暗くなる。「わからないのですか?」先生はおちつき払った声でそう言う。呆れられてるわけではないと少しホッとした。「はい。」私は小さくそう発して軽く頷く。「そうですか。次の問題もその次の問題も?」「はい、、」としか私は答えられなかった。わからないから進んでないんだろと自分のバカさと先生の質問に少し苛立っていた。そんな私に気づいたのか気づいてないのかわからないが先生は「シャーペン、借りてもいいですか?」といい私からシャーペンを受け取ってプリントに公式を書いていく。「これを使えば解けますよ。それでも分からなかったら手をあげてください。また来ますので。」と言って私にシャーペンを返し先生はまた教室を回りだした。「ありがとうございます。」私は少し不機嫌そうに先生に聞こえないぐらいの小さい声でお礼を言う。やはり聞こえなかったのか先生はこちらを振り向かなかった。
私はプリントに目を落とし綺麗な字で書かれた公式と機械で作られた字を見比べ頭をフル回転させながら問題を解いていった。なぜだろう。私は数学が生まれた時から苦手なはずなのに解けてしまった。理由はわかっている。先生がプリントに書いたものがあまりにもわかりやすかったのだ。どのような時にどの公式を使えばいいのか。先生はそれをあの一瞬で全て書いていた。そのおかげで私は全部の問題が解けてしまったのだ。
「では、20分たったので答えあわせをします。」
先生の声でハッとする。私は先生が教えてくれてから夢中で解いていたのだ。
「では、問一から」
そういって先生は真っ白なチョークを持ち黒板に問題と答えを書いていく。チョークの音が心地よいテンポで聞こえてくる。私は自分の答えと見合わせながら丸をつけていく。最後の一門を間違えてしまった。それでも私にしては上出来だった。先生が最後まで書き終わって前を向いたのでちょうど黒板を見ていた私は目が合ってしまう。それでも先生は何事も無いように目をそらし解説をしていく。だから私も何事も無いようにプリントに目を戻す。
先生の解説はわかりやすいものだった。どうすればこうなるのか丁寧に、でも無駄なことは言わず時間もかけずに黙々と進めていく。最後の問題もなぜ自分が間違えたのか理解できた。
初めてだった。数学が楽しいと思ったのは。
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