優しく、強く
先生にもらった飴を大切に持ちながら私は帰路を歩く。
昼降っていた雨に濡れて雫を被っている紫陽花がキラキラし草も葉っぱも建物も全部輝いて見えた。
私は今にも空を飛べそうなくらいの勢いでスキップをする。
嬉しかった。先生と話せたこと。飴をもらえたこと。笑ってくれたこと。また会う約束ができたこと。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
その感情しか出てこなかった。
その後、廊下ですれ違うと先生と私は前と同じように「こんにちは。」とだけあいさつを交わす。
でも一つだけ変わったことがある。すれ違う時かならず手が触れ合うのだ。
触れ合うと言っても掠る程度だ。手の甲だったり指先だったり。意図的かそうでないかは分からない。でも私はまだまだ子供だからいい方に捉えてもいいかななんて単純な考えをしてしまう。
気づけば冬になっていた
三年の三学期はもう卒業してしまったんじゃないかってぐらい登校日が少ない。自由登校なので行っても良いのだが行ったところでやることもなく話相手もいないだろうと思い私はずっと家にいた。淡々と過ぎていく日々の中でも私は先生のことを考えていた。
今何してるかな。
授業中かな。
今日もきっとアイロンがピシッとかかったワイシャツを着てるんだろうな。
そんなことを考えていたら先生に会いたくなってしまった。
ずっと家にいたせいで人肌恋しくなったのか好奇心が有り余っていたのか分からないがいつもならしないような行動をしていた。
先生に会いに行ったのだ。
朝の8時半。
久しぶりの学校。久しぶりの教室。私は懐かしさを覚え一人教室を見回していた。
そんなことをしていると教室の扉が開いた。
ガラッ
私は音のする方を振り返る。
先生だ
そこにはスーツをピシッと着こなした先生がいた。
「何してるんですか?」
そう言われて私はなぜか後ろめたくなり言葉を詰まらせてしまう。そして先生に初めての嘘をついてしまった。
「あ、あの、暇だったので…
誰かいるかなーなんて思って来ちゃいました。」
本当は先生に会いたかったのだ。その会いたかった人は目の前にいるのに私は目を合わせることができなかった。
「ふーん。そうですか。
でも誰もいなかったと」
「そーなんですよ。びっくりしちゃう」
私は気まづさを誤魔化すように下手くそに笑う。
「ではもう帰るんですか?」
先生は私とは正反対に落ち着き払った声で聞く
「え、あー、そうですね。帰ろうかな。」
しどろもどろになりながら私は答える。先生と話したいのにそれが言えなくてまた嘘をついてしまった。
先生はしばらく黙り込んだ後何かを思いついたようにこちらを見た。目があって思わず逸らしてしまう。そんなこと気にも留めなかったのか先生は悪戯を思いついた子供みたいに喋り出した
「じゃあ、私とお話ししませんか?」
「え…?」
私は思いもよらない提案に驚きが隠せなかった。
「嫌ですか?」
拗ねたように先生は言う
「嫌じゃないです!話したいです!」
思わずがっついてしまう。
しまった。そう思ったのも一瞬だった。先生はいつもの優しい笑みを浮かべて
「それは良かったです」
なんて言うから私の心臓はまた心拍数を上げる
そこから私と先生は他愛もない話をした。
進路の話(この時私はもう大学が決まってたので主に私のいく大学について話していた)
将来の夢。
趣味。
好きな食べ物。
数学の話。
そして気づけば恋愛について話していた。
「先生は結婚、してるんですよね?」
私は今まで無意識に避けていたことをついに聞いてしまった。無意識に避けていた、と言うよりはそうしないといけない気がしていたのだ。結婚していることを先生の口から直接聞いてしまったら17歳の私は耐えられないとでも思ったのだろう。
でも今なら、18歳になった私なら大丈夫かもしれないと思い聞いてしまった。(ちなみに私は3日前に誕生日を迎えたところだった)
「結婚。してましたよ。もう相手はいないですけど。」
「え…?」
伏せ目がちに過去形でそう答える先生に私は思わず
「どういうことか聞いてもいいですか、?」なんて言ってしまた。
そういうと先生は優しい顔でこちらをみる
「ええ。幸い時間はたっぷりありますし、こんなおじさんの話でいいなら全然お話しますよ。」
先生はこんななんかじゃないです。そう言おうとしたが話題が逸れそうだったのでやめておいた。
「聞きたいです。先生の話。」
代わりに私は短くそう告げる。すると先生はポツポツと話し始めた。
何分話していたのか分からない。でも私は気づいたら泣いていた。
先生が話してくれたのはこんな内容だった。
30ぐらいの頃同じ学校で教師として働いていた十個歳下のトミエさんに出会い恋に落ちて夫婦になったこと。
そして、七年前にトミエさんが心臓病で亡くなったこと。
先生はポツポツと思い出を噛みしめるように話していった。初めてみた顔だった。その人を想い、いなくなってしまったことを悔やんでいる。そんな顔だった。
泣いている私に気づきポケットからティッシュを取り出して私に渡してくれる。
それを受け取りわたしは頬に伝う涙を拭う。
先生は窓の外を見ながら私にこう言った。
「貴方は優しく繊細な人だ。その性格はきっとこれから貴方にとって味方にも敵にもなると思います。でも貴方ならきっと大丈夫。だから誰かのために泣けるその心を忘れないでください。」
そういった先生の目があまりにも力強く光っていたから私は本当に大丈夫な気がして
「はい。絶対忘れません。」
そう告げた。
先生はこちらを振り向きシワの寄った笑顔でよろしい。とだけ言った。
「じゃあもしかしてそのワイシャツって自分でアイロンかけてるんですか?」
私はずっと奥さんがかけてるものだと思っていたからさっきの話を聞いてそれが気になってしまったのだ。
「変な質問ですねえ。
そうですよ。これは毎朝自分でやってます。」
笑いながらもきちんと答えてくれた。
「すご。きれいですねえ。」
私は思ったことをそのまま口にしていた。あまりにも素直な答えに照れたのか先生は少し早口に喋り始める
「別にすごくなんかないですよ
。普通です。フツウ。」
「んー、やっぱりすごいですよ。フツウはこんな綺麗じゃないです」
先生は照れたのか無言で窓の外を見ている。
「わたしずっと思ってたことががあるんですけど言ってもいいですか?」
先生はこちらに顔をもどし不思議そうに私をみる
「いいですよ。わたしが傷つかないことなら。」
なんて冗談交じりにいう先生は珍しく、少しかわいいななんて思ってしまった。きっと言ったら怒られるだろうから言わないけど。
「私先生のシャツみるとピシッと音がしそうだなっていつも思ってたんですよ。」
「ふっ、なんですか。それ。独特な褒め方ですねえ。」
「そうですか?わたし的には最上級の褒め言葉なんですけどね。」
「それはそれは
そんな言葉をもらえて光栄です」
と笑いをもらしながら言うもんだから私は少しムッとして
「どうせなら思いっきり笑ってくださいよ」とわざととらしく口を尖らせて言った
そうすると先生はまるでその言葉を待っていたようにさっきまで押し殺してた笑いを思いっきり外に出した。
笑い声が狭い教室に響き渡る。私もなんだかおかしくなって笑い始めてしまった。
こうして笑っていると私と先生は同級生なんじゃないかなんて錯覚しそうになる。
でもそうじゃないことぐらいわかっていて悲しくなってしまう。そんな私に気づいたのか先生はやっと笑いを止めこちらをみる。
「ユキさんは想い人とかいないんですか?」
そう聞かれどきっとした
でも気づかれないように自然に続ける
「想い人って
言葉が古くさいですよ先生」
私はそう言いながらなんとか笑顔を作る
「古臭いとは失礼ですね
趣があると言ってください」
「はいはい。」
あまりこの話を続けたくなくて次の話にいこうとしたが先生はそれを遮った
「で、いないんですか?想い人」
珍しくしつこい先生に少し驚いたがこれ以上誤魔化しが効かないと思い白状して答えることにした
「いますよ。」
私は勇気を出してそのひと一言だけをいった。
「おや、そうですか。意外ですねぇ。貴方はそういうのには興味ないと思っていました。」
私が勇気を出したのに帰ってきた答えがあまりにも的外れで笑えてしまう
「どんな偏見ですか」
「ふふ、失礼。ユキさんも年頃の女性ですもんね」
先生は余裕ぶって笑っている
私はそんな先生にムッとして焦らせてやろうと思った
「気にならないんですか、
私の想い人」
「気になりますよ」
あまりにも直球で素直な答えに私は驚いた。
もしかしたら私のことを少しは気になってくれているのではないかと淡い期待まで持ってしまう。
「先生は私の想い人なんて興味ないと思いました」
「そんなことないですよ。私こう見えてそういう話を聞くの割と好きなんですよ」
ただの興味本位と知り少しショックを受ける。まぁわかっていたことだ。先生に淡い期待なんて抱くもんじゃない
「知ってどうするんですか」私は不機嫌そうに言葉を投げる
「んー、どうしましょうね、
あ、人生の先輩としてのアドバイスを差し上げます」
「なんですかそれー」
私は思わず笑ってしまう
「いいじゃないですか。大事ですよ、アドバイス」
私が先生のことを好きなんて微塵も疑っていないんだなと思い少し悲しくなってしまうのと気づけよという怒りに任せて私はつい言ってしまった。
「私の想い人は先生ですよ」
しまった。そう思った時にはもう遅かった。口から出た言葉は戻ることなく先生に届いてしまう。
私は怖くて顔を上げられなかった。
そこからはただ無言の時間が続いた。本当は一分ぐらいだったかもしれないけどわたしには1時間ぐらいに感じられた。
心臓はバクバク鳴っていて顔が熱い。手が震えている。
私はただひたすらに先生が話し出すのを待った。
「そう、ですか。」
たった一言そう告げられただけでもう分かってしまった。
今言ってしまったことは先生にとって迷惑でしかなかったのだと。
声が出なかった。言い訳をしようとしても謝ろうとしても喉に何かがつっかえてうまく言葉が出ない。泣いてしまいそうだったけどこれ以上先生に迷惑をかけたくなくて必死に我慢する。
そんな私を見て先生はまた口を開く。
「正直イタズラかと思いました。」
「イタズラなんかじゃないです」
やっと声を絞り出せた。掠れていてうまく伝わらなかったかもしれない。
「ええ、わかっています。」
先生がそう言ってくれたのでさっきの声は伝わったのだと安心した。でもそんなことより返事が気になって仕方なかった。早くはっきりと断ってほしい。そう思い続けていた。
「返事ですけど、、、」
やっと口を開いた先生にわたしの心臓はまた破裂しそうなぐらい鳴りはじめる。
喉はカラカラで声なんてでなかった
「私はあなたの想いには応えられません。」
わかっていたことだ。
それでもやはり辛くなってのどの辺りと目頭が熱くなる。涙がこぼれないように上を向く。
返事をしないといけないと思い唾を飲み込んでなんとか声を絞りだした。
「わかってました。私の想いを聞いてちゃんと振ってくれたねありがとうございます。」なんとか笑顔を貼り付けたつもりだが本当はどんな顔をしていたのかなんてわからない。
先生は黙ったままだ
私は下を向いたり上を向いたりして先生の返事を待った。
「私は妻を愛していました。今もその思いは残っています。もう居ない人を思うのは辛いと思われがちですが私は幸せです。」
何も応えられなかった。ただ必死に涙を目に溜めていた。そんな私を気にしながらも先生は続ける。
「あなたはきっと幸せになります。」
先生はきっぱりとそう言うから思わず顔を見てしまった。真剣な顔だった。その顔を見てると本当に自分は幸せになれるのだと思ってしまうほどに。
「なんでそんなこと言えるんですか」
「わかりません。でも、それでも貴方は幸せになりますよ。きっと。」
根拠のない返事に思わず笑ってしまう。
「わかりました。私はきっと幸せになります。先生よりずっとずっと幸せになります!だから先生、その時はまた私の話を聞いてね!」
私はありったけの声を出して宣言した。今はまだ先生のことを思って泣いてしまう夜があるかもしれない。でもきっと毎日一歩ずつわたしは幸せに近づいている。そう信じて生きていこう。
先生、さようなら。
「元気でいてくださいね。」
遠いところから先生がそう言った気がしたけど私はそれに応えず全力で走っていく。
昼降っていた雨に濡れて雫を被っている紫陽花がキラキラし草も葉っぱも建物も全部輝いて見えた。
私は今にも空を飛べそうなくらいの勢いでスキップをする。
嬉しかった。先生と話せたこと。飴をもらえたこと。笑ってくれたこと。また会う約束ができたこと。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
その感情しか出てこなかった。
その後、廊下ですれ違うと先生と私は前と同じように「こんにちは。」とだけあいさつを交わす。
でも一つだけ変わったことがある。すれ違う時かならず手が触れ合うのだ。
触れ合うと言っても掠る程度だ。手の甲だったり指先だったり。意図的かそうでないかは分からない。でも私はまだまだ子供だからいい方に捉えてもいいかななんて単純な考えをしてしまう。
気づけば冬になっていた
三年の三学期はもう卒業してしまったんじゃないかってぐらい登校日が少ない。自由登校なので行っても良いのだが行ったところでやることもなく話相手もいないだろうと思い私はずっと家にいた。淡々と過ぎていく日々の中でも私は先生のことを考えていた。
今何してるかな。
授業中かな。
今日もきっとアイロンがピシッとかかったワイシャツを着てるんだろうな。
そんなことを考えていたら先生に会いたくなってしまった。
ずっと家にいたせいで人肌恋しくなったのか好奇心が有り余っていたのか分からないがいつもならしないような行動をしていた。
先生に会いに行ったのだ。
朝の8時半。
久しぶりの学校。久しぶりの教室。私は懐かしさを覚え一人教室を見回していた。
そんなことをしていると教室の扉が開いた。
ガラッ
私は音のする方を振り返る。
先生だ
そこにはスーツをピシッと着こなした先生がいた。
「何してるんですか?」
そう言われて私はなぜか後ろめたくなり言葉を詰まらせてしまう。そして先生に初めての嘘をついてしまった。
「あ、あの、暇だったので…
誰かいるかなーなんて思って来ちゃいました。」
本当は先生に会いたかったのだ。その会いたかった人は目の前にいるのに私は目を合わせることができなかった。
「ふーん。そうですか。
でも誰もいなかったと」
「そーなんですよ。びっくりしちゃう」
私は気まづさを誤魔化すように下手くそに笑う。
「ではもう帰るんですか?」
先生は私とは正反対に落ち着き払った声で聞く
「え、あー、そうですね。帰ろうかな。」
しどろもどろになりながら私は答える。先生と話したいのにそれが言えなくてまた嘘をついてしまった。
先生はしばらく黙り込んだ後何かを思いついたようにこちらを見た。目があって思わず逸らしてしまう。そんなこと気にも留めなかったのか先生は悪戯を思いついた子供みたいに喋り出した
「じゃあ、私とお話ししませんか?」
「え…?」
私は思いもよらない提案に驚きが隠せなかった。
「嫌ですか?」
拗ねたように先生は言う
「嫌じゃないです!話したいです!」
思わずがっついてしまう。
しまった。そう思ったのも一瞬だった。先生はいつもの優しい笑みを浮かべて
「それは良かったです」
なんて言うから私の心臓はまた心拍数を上げる
そこから私と先生は他愛もない話をした。
進路の話(この時私はもう大学が決まってたので主に私のいく大学について話していた)
将来の夢。
趣味。
好きな食べ物。
数学の話。
そして気づけば恋愛について話していた。
「先生は結婚、してるんですよね?」
私は今まで無意識に避けていたことをついに聞いてしまった。無意識に避けていた、と言うよりはそうしないといけない気がしていたのだ。結婚していることを先生の口から直接聞いてしまったら17歳の私は耐えられないとでも思ったのだろう。
でも今なら、18歳になった私なら大丈夫かもしれないと思い聞いてしまった。(ちなみに私は3日前に誕生日を迎えたところだった)
「結婚。してましたよ。もう相手はいないですけど。」
「え…?」
伏せ目がちに過去形でそう答える先生に私は思わず
「どういうことか聞いてもいいですか、?」なんて言ってしまた。
そういうと先生は優しい顔でこちらをみる
「ええ。幸い時間はたっぷりありますし、こんなおじさんの話でいいなら全然お話しますよ。」
先生はこんななんかじゃないです。そう言おうとしたが話題が逸れそうだったのでやめておいた。
「聞きたいです。先生の話。」
代わりに私は短くそう告げる。すると先生はポツポツと話し始めた。
何分話していたのか分からない。でも私は気づいたら泣いていた。
先生が話してくれたのはこんな内容だった。
30ぐらいの頃同じ学校で教師として働いていた十個歳下のトミエさんに出会い恋に落ちて夫婦になったこと。
そして、七年前にトミエさんが心臓病で亡くなったこと。
先生はポツポツと思い出を噛みしめるように話していった。初めてみた顔だった。その人を想い、いなくなってしまったことを悔やんでいる。そんな顔だった。
泣いている私に気づきポケットからティッシュを取り出して私に渡してくれる。
それを受け取りわたしは頬に伝う涙を拭う。
先生は窓の外を見ながら私にこう言った。
「貴方は優しく繊細な人だ。その性格はきっとこれから貴方にとって味方にも敵にもなると思います。でも貴方ならきっと大丈夫。だから誰かのために泣けるその心を忘れないでください。」
そういった先生の目があまりにも力強く光っていたから私は本当に大丈夫な気がして
「はい。絶対忘れません。」
そう告げた。
先生はこちらを振り向きシワの寄った笑顔でよろしい。とだけ言った。
「じゃあもしかしてそのワイシャツって自分でアイロンかけてるんですか?」
私はずっと奥さんがかけてるものだと思っていたからさっきの話を聞いてそれが気になってしまったのだ。
「変な質問ですねえ。
そうですよ。これは毎朝自分でやってます。」
笑いながらもきちんと答えてくれた。
「すご。きれいですねえ。」
私は思ったことをそのまま口にしていた。あまりにも素直な答えに照れたのか先生は少し早口に喋り始める
「別にすごくなんかないですよ
。普通です。フツウ。」
「んー、やっぱりすごいですよ。フツウはこんな綺麗じゃないです」
先生は照れたのか無言で窓の外を見ている。
「わたしずっと思ってたことががあるんですけど言ってもいいですか?」
先生はこちらに顔をもどし不思議そうに私をみる
「いいですよ。わたしが傷つかないことなら。」
なんて冗談交じりにいう先生は珍しく、少しかわいいななんて思ってしまった。きっと言ったら怒られるだろうから言わないけど。
「私先生のシャツみるとピシッと音がしそうだなっていつも思ってたんですよ。」
「ふっ、なんですか。それ。独特な褒め方ですねえ。」
「そうですか?わたし的には最上級の褒め言葉なんですけどね。」
「それはそれは
そんな言葉をもらえて光栄です」
と笑いをもらしながら言うもんだから私は少しムッとして
「どうせなら思いっきり笑ってくださいよ」とわざととらしく口を尖らせて言った
そうすると先生はまるでその言葉を待っていたようにさっきまで押し殺してた笑いを思いっきり外に出した。
笑い声が狭い教室に響き渡る。私もなんだかおかしくなって笑い始めてしまった。
こうして笑っていると私と先生は同級生なんじゃないかなんて錯覚しそうになる。
でもそうじゃないことぐらいわかっていて悲しくなってしまう。そんな私に気づいたのか先生はやっと笑いを止めこちらをみる。
「ユキさんは想い人とかいないんですか?」
そう聞かれどきっとした
でも気づかれないように自然に続ける
「想い人って
言葉が古くさいですよ先生」
私はそう言いながらなんとか笑顔を作る
「古臭いとは失礼ですね
趣があると言ってください」
「はいはい。」
あまりこの話を続けたくなくて次の話にいこうとしたが先生はそれを遮った
「で、いないんですか?想い人」
珍しくしつこい先生に少し驚いたがこれ以上誤魔化しが効かないと思い白状して答えることにした
「いますよ。」
私は勇気を出してそのひと一言だけをいった。
「おや、そうですか。意外ですねぇ。貴方はそういうのには興味ないと思っていました。」
私が勇気を出したのに帰ってきた答えがあまりにも的外れで笑えてしまう
「どんな偏見ですか」
「ふふ、失礼。ユキさんも年頃の女性ですもんね」
先生は余裕ぶって笑っている
私はそんな先生にムッとして焦らせてやろうと思った
「気にならないんですか、
私の想い人」
「気になりますよ」
あまりにも直球で素直な答えに私は驚いた。
もしかしたら私のことを少しは気になってくれているのではないかと淡い期待まで持ってしまう。
「先生は私の想い人なんて興味ないと思いました」
「そんなことないですよ。私こう見えてそういう話を聞くの割と好きなんですよ」
ただの興味本位と知り少しショックを受ける。まぁわかっていたことだ。先生に淡い期待なんて抱くもんじゃない
「知ってどうするんですか」私は不機嫌そうに言葉を投げる
「んー、どうしましょうね、
あ、人生の先輩としてのアドバイスを差し上げます」
「なんですかそれー」
私は思わず笑ってしまう
「いいじゃないですか。大事ですよ、アドバイス」
私が先生のことを好きなんて微塵も疑っていないんだなと思い少し悲しくなってしまうのと気づけよという怒りに任せて私はつい言ってしまった。
「私の想い人は先生ですよ」
しまった。そう思った時にはもう遅かった。口から出た言葉は戻ることなく先生に届いてしまう。
私は怖くて顔を上げられなかった。
そこからはただ無言の時間が続いた。本当は一分ぐらいだったかもしれないけどわたしには1時間ぐらいに感じられた。
心臓はバクバク鳴っていて顔が熱い。手が震えている。
私はただひたすらに先生が話し出すのを待った。
「そう、ですか。」
たった一言そう告げられただけでもう分かってしまった。
今言ってしまったことは先生にとって迷惑でしかなかったのだと。
声が出なかった。言い訳をしようとしても謝ろうとしても喉に何かがつっかえてうまく言葉が出ない。泣いてしまいそうだったけどこれ以上先生に迷惑をかけたくなくて必死に我慢する。
そんな私を見て先生はまた口を開く。
「正直イタズラかと思いました。」
「イタズラなんかじゃないです」
やっと声を絞り出せた。掠れていてうまく伝わらなかったかもしれない。
「ええ、わかっています。」
先生がそう言ってくれたのでさっきの声は伝わったのだと安心した。でもそんなことより返事が気になって仕方なかった。早くはっきりと断ってほしい。そう思い続けていた。
「返事ですけど、、、」
やっと口を開いた先生にわたしの心臓はまた破裂しそうなぐらい鳴りはじめる。
喉はカラカラで声なんてでなかった
「私はあなたの想いには応えられません。」
わかっていたことだ。
それでもやはり辛くなってのどの辺りと目頭が熱くなる。涙がこぼれないように上を向く。
返事をしないといけないと思い唾を飲み込んでなんとか声を絞りだした。
「わかってました。私の想いを聞いてちゃんと振ってくれたねありがとうございます。」なんとか笑顔を貼り付けたつもりだが本当はどんな顔をしていたのかなんてわからない。
先生は黙ったままだ
私は下を向いたり上を向いたりして先生の返事を待った。
「私は妻を愛していました。今もその思いは残っています。もう居ない人を思うのは辛いと思われがちですが私は幸せです。」
何も応えられなかった。ただ必死に涙を目に溜めていた。そんな私を気にしながらも先生は続ける。
「あなたはきっと幸せになります。」
先生はきっぱりとそう言うから思わず顔を見てしまった。真剣な顔だった。その顔を見てると本当に自分は幸せになれるのだと思ってしまうほどに。
「なんでそんなこと言えるんですか」
「わかりません。でも、それでも貴方は幸せになりますよ。きっと。」
根拠のない返事に思わず笑ってしまう。
「わかりました。私はきっと幸せになります。先生よりずっとずっと幸せになります!だから先生、その時はまた私の話を聞いてね!」
私はありったけの声を出して宣言した。今はまだ先生のことを思って泣いてしまう夜があるかもしれない。でもきっと毎日一歩ずつわたしは幸せに近づいている。そう信じて生きていこう。
先生、さようなら。
「元気でいてくださいね。」
遠いところから先生がそう言った気がしたけど私はそれに応えず全力で走っていく。