最後の初恋
第1章

◇ 日常

「ゼッケン十八番、星野です。お願いします。ガ―」
『ガ―――、星野、中斜面から急斜面に入る時、もっと積極的に体を落とし込んで来い』
「了解しました。ありがとうございます。ガ―」
 無線機からはいつもと同じ変わり映えのないアドバイスが返ってくる。
 体を落とし込めと言うのは簡単だが、身体が動いてくれないのはどうしようもない。
 だいたい斜度が増し、スピードが増すその方向だ。急斜面の崖に向かって体を落とし込めというのである。それは合理的な運動方向と頭で理解するのと実際に行うのとでは話が全く別だ。
 それも俺が初心者でと言うことであればコーチの言うことも素直に飲み込めるが、一応今の俺の滑りでも全国中学校大会出場レベルである。急斜面に向かってターンをする時には毎回崖へと上半身を放り投げるような、身体が遠心力で飛ばされる限界の感覚で滑っているのである。それでもまだ体の落とし込みが足りないと毎回言われる始末である。
 実際ヤケクソで思いっきり上体を斜面下に向けて落とし込んだことがあるが、ものの見事に遠心力でぶっ飛ばされ、コース脇にあるネットを突き破りコースアウトしたくらいだ。飛ばされた先に立木がなくて良かったが、木に激突していればこの世にいられない程の速度でぶっ飛んでいたのだ。
 まあ、インターハイ出場に向けてはこの壁を乗り越えるかどうかなのだろうが・・・
「星野行きます!」

 俺は、物心ついた時からスキーで滑りまわっていた。たぶん三歳くらいから滑っていて、今では歩く感覚で何も考えなくてもどんな斜面でも滑ることはできる。
 そしてアルペンレースもいつの間にか始めていた。最初はただ旗が立っているところを滑るだけでも何だかワールドカップ選手になった気分で楽しかった。
 実績も中学では全中(全国中学校大会)スラロームで三位を獲っているが、俺はジャイアントスラロームが苦手だ。
 アルペンレースの種目は4つあり回転数が多く技術系から回転数が少なく高速系へと、スラローム、ジャイアントスラローム、スパージャイアントスラローム、ダウンヒルがあり、俺が取り組んでいるのはスラロームとジャイアントスラロームになる。
 今年高校に入り、スラロームは順調であるがジャイアントスラロームは相変わらず調子が上がらない。
 この調子ではインターハイではスラローム1本となってしまう。
 俺にも意地がある。彩菜が2種目出るのはほぼ確実であろう。そう思うと何がなんでもジャイアントスラロームも出たい。
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