この世界を、きみとふたり生きた奇跡。
そのイスは確か、ついさっきまで龍と同い年くらいの小さな女の子が座っていたもの。
どうして、わざわざ私に……?
その意図が分からずに首を傾げると、日向は私の足元を見ながらあごでクイッと差した。
「ケガ、してんだろ。無理せずに座っとけ」
「え、……あ、うん」
「それと、俺もう検査の時間過ぎてるから行くわ。先生と母さんに怒られるのは嫌だからな。じゃあ、またな」
そう言って、日向はまた目尻を落として笑った。
そして私の横を通り過ぎて歩き始めたかと思ったら、
「未央」
と、私の名前を呼びながら振り返って。
「……お大事に」
そう言い残して、その場から颯爽と立ち去った。
私は日向が確保してくれたイスに腰掛けながら、さっき別れたあいつのことを考える。
日向は、検査の時間が過ぎてるって言っていた。そして、私の座るイスを見つけたあと、すぐに検査に行った。
それまであまり気にしていなかったけれど、日向は時折周りを気にする素振りを見せていた。
もしかして日向は、私が足をケガしているのを分かっていて、私が座るイスが空くまで一緒に待っててくれた……?
自分も検査があるのに、わざわざ私のために。
これって、私の思い違いかな。
──本村日向、って言ったっけ。
生意気だし自分勝手なやつだと思ったけれど、案外そんなに悪い人じゃないのかもしれない。
「……あ」
その時、私は思い出した。
イスを見つけてくれたこと、〝ありがとう〟って伝えていない。
だから、仕方なく、仕方なくだからね?
本当は連絡なんてとりたくなかったけれど、私はメッセージアプリを開くと、日向の名前を探して。
《イス、ありがとう》
そんな味気ない短いメッセージを送信した。