real face
「……目を、閉じて」

魔法にかけられたように言われるままに目をゆっくりと閉じる。
今度は両肩にそっと優しく手が置かれ、早鐘を打ちっぱなしの心臓のドキドキが伝わってしまうんじゃないかと気になった。

再度、唇が重なり合った。

相変わらず私は微動だに出来なくて、お地蔵さんみたいに固まっているだけ……。
激しく動いているのは、壊れてしまうんじゃないかって思うほどの心臓と、揺さぶられっぱなしの私の心。
ガチガチに緊張した体の中で、唇だけが熱く、柔らかく、解きほぐされていく。

男の人の唇って…こんなに柔らかいんだ……。
3回目の唇の触れ合いで感じるのは、沸き上がってくる情熱。

気持ち良い……。
このまま、どうかこのままでずっと……。

だけど息が続かなくなってきた。
それを察したかのように、そっと離された唇。
酸素を補給してから目を開けると、すぐそこには私を見つめている佐伯主任。
ただの上司ではない、男の色香を孕んだ、主任の顔。
今までに見たことないような優しい目をしている。
少し静まりかけた心臓がまた急速に高まっていく。

肩に置かれた手も離れていき、やっと力を抜くことができるけど、寂しさが急に襲ってきてしまう。

スッと立ち上がった主任が

「遅くなるから、帰ろう」

と呟いて、サッと私の手を取り立ち上がらせると、そのままマンションに向かって歩き出した。

無言……。
キスの合間のあの表情が、頭から離れない。
何か言いたげだった主任。
それなのに何も言わないのは、何故?

心配になる私の心を繋ぎ留めてくれているのは、私の手を引いてくれる主任の手。
いわゆる"恋人繋ぎ"ではないけれども、離れないようにしっかりと握ってくれている。

温かい……。
人の温もりってこんなにも安心できるものなんだ。
ただ黙って歩くだけなのに、繋いだ手から愛しさが溢れてくるよう。
心まで温かくなっていくのが分かる。

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