【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~
「ねぇ、光輝。
アタシさ、
本当にまたストリートで演奏し始めてもいい?
今のアタシが心から歌いたい歌」
そう言ってくれる如月の目は、
昔みたいに輝いて見えた。
「いいよ。
ストリートで演奏する日、俺にも教えてよ。
仕事、切り上げて見に行くから」
「別に仕事を無理してこなくていいよ」
そんな如月との時間は、
遠い昔、俺が思い描いていた時間。
次の日から仕事が何時ものように始まった。
如月と出会う前の俺は、
与えられた仕事、
与えられた役割を淡々とこなしながら、
何処か流されるように生きていた。
特別、自宅に帰る理由もないから、
気になる仕事があるときは、
会社に泊まって朝を迎えることも多々あった。
そんな俺を見つけては、
聖仁や聖仁の父親が溜息をついてることもあったが、
今はあの頃に比べて、
自分の中での効率が断然上がった気がする。
自身が立てた目標に向かってのアプローチの効率があがってきた俺自身のゆとりが、
俺の下で働く部下たちの心にもゆとりを芽生えさせるのか、
部署内での笑顔が増えてきたような気すら感じていた。
会社とマンションの往復だけたった俺に、
会社帰りの寄り道を教えてくれた狭霧の復活路上ライブの日。
俺はいつもよりも少し早く仕事を切り上げて、
真梛斗がいつもアイツを見ていた交差点へと赴いた。
踏み込むのに抵抗があったその場所に、
今は新しい気持ちで踏み込むことが出来るようになった。
真梛斗を見かけた同じ場所に立って、
ストリートライブをこなしていく狭霧を見つめ続ける。
アコースティックギターを片手に演奏しながら、
静かに歌いだす如月。
信号待ちの僅かな間、如月のステージを視界にとらえる人たち。
時折、足を止めて如月の前で立ち尽くす人。
『ねぇ?
あれ狭霧じゃない?』
何処からともなく、
そんな声が若い子たちの中から聞こえてきて
如月の周囲には次第に人の輪が広がり始める。
アコースティックケースの中には、
曲を聴いてくれた人たちからの投げ銭がほうりこまれてる。
演奏開始から20分くらいが経過した時、
自転車に乗って警察官が近づいてきて、
集まっていたお客さんたちを帰らせた。
如月もまた警察官に謝罪して、
機材やギターを片付け始める。
「如月」
「あっ、光輝。来てくれてたんだ。
来てたなら、ちゃんと先に顔みせてくれたらよかったのに。」
「結構、皆、見に来てくれてたな」
「うん。
でも警察に怒られちゃった。
まぁ、前に比べて今日集まってくれてたお客さんの数多かったしねー。
無許可でやってるアタシも悪いんだけどさ。
でもなかなか頼んでも、許可貰えないし。
そうなると、やっぱ無許可でするしかないんだよね」
ふと呟いた如月の言葉に一つ閃く。
「なぁ、如月。
三杉の持ち物の中に、緑地公園があるんだ。
駅の傍に幾つか。
その公園の土地でのストリートライブをネットで申し込みしてくれたら、
『承認』って言う形で ストリートライブが自由にできるって言う形をとったら、
ニーズはあるかな?
ただ公園として漠然と残しておくのもいいかも知れないけど、
如月たちみたいに、無許可でやり続ける人たちの力になれるなら、
そう言うのもいいかもしれない。そう思ってさ」