【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~


宛先にはアタシの住所と名前。
そして差出人の所には、美織と名前だけ記された葉書。

だけど美織が今も無事で過ごしていることを知って、安堵しているアタシがいた。



後は電気代とか電話代の請求書。
それらをすべて確認し終わると着てきた服を脱いで、着慣れたTシャツとGパンに着替えると、
冷蔵庫に行って缶ビールを一本取り出しプルタブをあけて、ベッドへと腰かけながら口元へと運んだ。



ゴクゴクっと久しぶりのビールを喉へと流し込むと、
パソコンデスクの傍に視線を向ける。

普段は飾ってはいないけど……、パソコンデスクの引き出しの中には、
写真立てに入れたアイツの写真が片付けられていることをアタシは知ってる。


何度か真梛斗も泊ったことのある部屋。

アイツがなくなってアイツから逃げるように歯ブラシや、シャンプー、アイツが使ってた置き下着とかは、
何時の間にか処分してしまってた。

だけど……アイツとの思い出が沢山詰まった、この家から離れることも出来ない。

ううん、離れようと思ったら離れることも出来たかも知れない。
だけど引っ越しにはお金がかかるから……なんて、最もそうな理由を自分に突き付けて、
真梛斗との思い出が残るこのマンションにしがみつく様に過ごしているのは紛れもない紛れもないアタシの我儘なのも知ってる。


缶ビールを一本飲み干すとベッドからパソコンデスクへと向かって、久しぶりに真梛斗の写真を見つめた。


写真にうつる真梛斗は、冬の装いでコートを羽織りアタシがクリスマスにプレゼントしたマフラーを付けて笑ってた。
ビルとビルの間を跨ぐように作られた大きな観覧車。


その観覧車の中で撮影した懐かしい一枚の写真。
最初にとったのは2ショット。

真梛斗のスマホで二人、顔を寄せ合いながら体を密着させて撮影した。
そして次に、真梛斗がアタシだけをいきなり撮影したから、アタシも仕返しとばかりに一枚、真梛斗だけを撮影した。



真梛斗の写真と、枕元のタバコを掴んで、ベッドにもたれる様に床に座り込むと、
写真を見つめながら、一服する。






ねぇ、真梛斗……。
アタシ……結婚するんだって。

アンタが勝手に一人で逝くから……悪いんだよ。


アンタが向こうで羨ましくなるくらい、
先にアタシを遺して逝くんじゃなかったって後悔するくらい、
幸せな女になってるんだから。





悲しい気持ちを押し殺すように、絞り出すように写真の中のアイツへと話しかけるものの、
その傍から枯れ果てたと思ってもまだ出てくる涙が、床を濡らしていく。




本当はただ寂しい。
真梛斗が居ない世界で、アタシの幸せなんて見つかりっこない。

アタシはあの日から今も、ずっと真梛斗だけを探し続けてるんだから。


だけどそんな弱み、誰にも見せたくない。
だからアタシは、少しでも平気なふりしてアタシ自身を必死に保ち続けるんだ。



そのままアイツの写真を握りしめたまま、アタシは眠りに落ちてしまい、
慌てて目を覚ました頃には、15時近くになっていた。

ふいに部屋のチャイムが鳴り響く。


ベッドから体を起こすと、そのまま玄関の方へと歩いていく。



「はいっ」

「あっ、居た。
 ウチ、澪」


聞きなれた声に、アタシは「ちょっと待って」っと声をかけて、
慌てて真梛斗の写真を引き出しへと片付けてドアを開けた。



「あぁ、やっと捕まった。
 如月、アンタ、数日間も音信不通でどこ行ってたのよ。
 心配したじゃない。

 電話かけても出ない。バイト先の居酒屋で、アンタのバイト仲間の笑愛【えな】ちゃんだったかな。
 あの子捕まえて、アンタの事を聞いても、『キサは、欠勤です』って。

 だから慌てて、アンタのマンションに走って、チャイム鳴らしても出ないし。
 電気もつかない」



そう言葉を続ける澪からは、心配してくれた想いが伝わってくる。
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