【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~
「如月、アンタ、もう歌わないの?
真梛斗(まなと)は事故だったんだよ。
アンタのせいじゃないじゃん。
ウチは……如月の歌声に救われたんだよ」
澪との出逢いは、アタシがまだ歌い始めて間がない頃。
アタシが歌にはまったのは、歌うことがストレスの発散に繋がってたから。
昔から……アタシには家に居場所が見つけられなかったんだ。
アタシの家族は、ジジイとばーば。
んで母親の家に養子に入った父親。
偉そうなジジイと、旧家の生まれだと言う今となってはガラクタ同然の地位を慮る母親。
そんな二人の言いなりの父親。
ばーばだけが、昔からアタシの味方だった。
だけどそんな、ばーばも妹たちが生まれた頃に天国に旅立った。
そして……14歳年下の双子の妹。星奈(せいな)と陽奈(ひな)。
その頃、アタシは神前悧羅学院悧羅校の学生で寮生活だった。
寮生活の合間に時折、ばーばの仏壇に手をあわせがてら実家に帰り、
妹たちを抱くと、ギャン泣きされてしまって、それ以来、妹たちとは一線を引かずにはいられなくなった。
思いだすだけでイラっとする家庭背景を振り払うように、手探りでタバコを引き寄せると、
一本取り出してライターで火をつけて咥えた。
紫煙を燻らせながら、イライラした時間を何とかやり過ごす。
「如月……」
アタシの名を呼びながら、澪は近づいてきてアタシの傍のケースからタバコを一本抜き取る。
すかさず、ライターを手に取って澪のタバコに火をつけると、美味しそうに咥えながら煙を吐き出した。
天城真梛斗(あまぎ まなと)3歳年上のアタシの彼氏だった人。
突っ張って、やけになってたアタシをあの日まで、支え続けてくれた。
アタシを包み込んでくれた。
だけど今は、触れたくてももういない。
ばーばが居なくなって、アタシの箱庭に誰もいなくなった。
再び、アタシの箱庭に踏み込んでくれた存在が真梛斗。
だけど、また独りになった。
「澪、何処に出かける?
タバコも切れそうだし、そろそろ美容液も切れそう」
澪に声をかけるとアタシは、床に転がってるシャツとGパンを拾い上げて、
手早く袖を通すと床に座り込んで、メイクを始めた。
そんなアタシを見ながら、澪も同じように服を身に着けてメイクポーチを開いて、
ひたすら出掛ける準備を始める。
30分後、準備が終わったアタシたちは買い物がてら、
まだ残暑厳しい街の中をプラプラと散策した。
この街は、真梛斗との思い出が強すぎる。
今でもアイツと一緒に歩いた場所、アイツが事故った場所には近づくことが出来ない。
そんなアタシに澪は文句も言わずに、どんな遠回りも黙って付き合ってくれる。
ただ何となく街の中を歩いて、流されるように買い物をして、
なんでもなく生活しているように装う。